悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (58)

第二夜〇仮面 その二

アニメ「天と地と僕と」の顔出しパネルの空洞が五つの顔で埋まった。

パネル中央は、主人公の「ワタル」をこよなく愛する文音の丸くふくよかな顔。取り巻く四獣神の戦士達は、右上から凪子。紅一点の「サキ」を選んだ割には、元気いっぱいの男の子みたいな顔だ。左上の岩の如き巨体の持ち主「ゲンブ」には、最も似つかわしくない実奈の顔。スレンダーな肢体でハーフ美人の様な顔立ちの彼女は、いつもの飄々(ひょうひょう)とした表情で、今も何を考えてるのか分からない。でも無口なところだけはゲンブと似ている。右下左下の「セイ」と「ハクビ」に収まるのは沙織と陶子。気乗りのしていないはずの沙織だが、両頬にえくぼを見せて満更(まんざら)でもなさそう。ぶつぶつ小言の絶えない陶子は、結局と言うかやっぱりと言うか、四獣神で一番の美形キャラであるハクビを選択。あっぱれ。

こんな時の撮影に「はいチーズ!」は無いだろう。何時(いつ)でも何処(どこ)でも少しでも、みんなに気に入ってもらえる行動を心掛け実践する事を常としてきた私は、スマホを構えながらこの場に相応(ふさわ)しい掛け声を探した。
確か凪子が事あるごとに真似ていた作中の名台詞(セリフ)がある。そいつを拝借(はいしゃく)する事にした。
「いい?みんな行くよ」シャッターボタンに指をかけ‥‥、そしてその台詞を投げかける。
「我ら身命を賭(と)して、天と地を結ぶ生綱(きづな)とならん!」

カシャッ!
好感触。みんな良い顔。

カシャッ、カシャッ‥‥‥。私は五回続けてシャッターを切った。その後、自分越しにパネルのみんなの顔を入れて二枚ほど自撮りした。

「撮れたよー」
スマホに残るデータを確認しながら、私はゆっくりとパネルに近づいて行った。

「‥・え?‥まだ続ける?」私がパネルのすぐ前まで来ても、みんなは穴から顔を外していない。
「わっ、わかったよ‥」パネルに背を向け戻ろうとする私。だがその時‥‥・奇妙な違和感を覚えた。
振り向いて、パネルに出ているみんなの顔を見直した。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

変わっていない‥‥・。さっきから‥・みんなの顔の表情が、1ミリも変化していないのだ‥。

「ねえ‥‥陶子?」一番近い距離の彼女に声を掛けてみる。しかし‥・、返事は無い。
「ねえ、みんな???」やはり沙織も、文音も凪子も実奈も‥‥、一切の反応を見せない。
目がおかしい。みんなの開いた目に、光が宿っていない気がする。陶子の顔のすぐ目の前で小刻みに手を振ってみたが、やはり何の反応も無かった。
これはただ事ではない。私は慌ててパネルの裏側へ回った。

「え‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

私は、呆然と立ち尽くした。
そこには‥‥‥‥誰の姿も無かった。
そしてその時、そよと風が吹き‥‥、顔出しパネルの穴に張り付いていた五人の顔が、ポトリ‥・またポトリと‥‥‥、踏み台やアスファルトの上に落ちた。

落ちた顔達はまるで、お面の様に見えた。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (57)

第二夜〇仮面 その一

前を歩いていた実奈(ミナ)が、食べ終わったお菓子の包み紙をポイと道端に捨てた。
後ろをおまけみたいに歩いていた私は、その包み紙をすぐに拾い上げた。

自分でも嫌になってしまう‥‥。こんな事をずっと続けている。見過ごせないのだ。これは、私を縛り続ける鎖のひとつ。

小学四年の時、図工の授業で、いろいろなメッセージをポスター風に描く課題があった。私は「ゴミのポイ捨て禁止」の絵を描いたのだが、それがどういう経緯からか市役所のロビーに、私の名札と共に貼り出された。
以来私は、「ゴミを捨てない女」、「ゴミを捨てることが許されない女」になったのだ。そして更には、「ポイ捨てゴミを見過ごせないでゴミを拾う女」に昇格した。
高校二年の秋。地元を離れて、こうして修学旅行先の馴染みのない観光地を歩いていても、相も変わらずそれをやっている。

屑入れは何処だろう?‥手に包み紙を持って、私は辺りを見回した。
何せ始めて来た場所で右も左も分からない。ただ、両側に土産物を売るお店や食事とかお茶ができるお店がずらりと立ち並ぶ一本道が続いているだけなので迷う心配はなさそうだ。
それにこの道行きにそもそも私の主導権は無いのである。「自由行動」を共にする前を行く五人の同級生に黙ってついて行けばいいのだ。

「あっ!見て見て!あんなものがある」先頭を歩いていた文音(アヤネ)が指をさして叫ぶ。
「やったね!」その横、さっきからスマホをかざしてあちらこちらの風景をデータに収めていた凪子(ナギコ)が小躍りする。
「へーえ‥」「‥すごいね」興奮する二人のすぐ後ろを歩いていた沙織(サオリ)と陶子(ト-コ)があからさまに気のない返事をしてみせた。
そのさらに後ろ、私の前を歩いていた実奈はと言うと、いつもの彼女らしく格別何の反応も示さずあさっての方向を見ている。
最後尾にいた私は、何があったのかを前の五人越しに確かめるべく首を伸ばし、赤べこの如く上下左右に忙(せわ)しく動かした。
右前方、軒を連ねていたお店が途切れて、観光バスも入れそうな広めの駐車場がぽっかりと出現していた。その突き当たりにポツンと建っているカラフルな看板の様なものが見て取れる。どうやらそいつが、文音と凪子を興奮させているものらしい。

『アニメ 天と地と僕と ゆかりの地』
建っていた看板にはそう書かれていた。その正体は、観光地や商業施設などで時々見かける「顔出しパネル」であった。アニメ「天と地と僕と」に登場するキャラクターが描かれ、その顔の部分が切り抜かれて空洞になっている。
早速文音と凪子はスマホのカメラにそのパネルを収めながら、「思ってたよりも良い出来」などと評価している。沙織、陶子、実奈と私は、そんな彼女達を遠巻きに見ていた。
修学旅行の自由行動でここを選んだのも文音と凪子。彼女達の熱狂するアニメ「天と地と僕と」の主人公「ワタル」が異世界に迷い込むきっかけとなった場所のモデルがどうやらこの地らしく、二人の目的は所謂(いわゆる)「聖地巡礼」であった。
あまり‥、否(いや)まったく興味の無かったグループの私を含めた残りの四人がこの選択に異を唱えなかったのは、「別段、行きたい場所が他に見当たらなかった」と言う、極めて消極的で在り来たりな理由からであった。

「これがワタルでしょ。まわりにおわすのが四家四獣神の方々ね」
「ねえ!みんなこっちに来てよ、記念撮影するよ!」
文音と凪子が手招きしている。すごすごと私たちは従った。
「私、ワタルやっていい?」「だったら私は四獣神の紅一点、サキがいい!」当然の事ながら、まず文音と凪子がポジションを決めた。残った顔出しの穴は三つ。
「できれば‥男臭い獣神は避けたい‥‥」ぶつぶつ言いながら陶子が、続いて何も言わずに実奈がパネルの後ろに回った。残った穴は一つ。沙織も後ろに回ろうとしたので、出遅れた私は自分の運命を悟って‥‥・こう言った。
「じゃあ、私が撮るね」

これが私の‥‥常日頃のポジションである。

次回へ続く