悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (115)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その二

ぼくとモリオのいる場所から数メートル離れた、右手の小さな木陰で休んでいる女子三人のグループ。
背が高くて大人っぽい雰囲気のフタハと、活発でおしゃべりなミドリ、そしてもう一人‥‥‥。ぼくが気にかかり、目が離せなくなっていたのは三人目の彼女だった。彼女は、かつてぼくがよく知っていた『女の子』の記憶を、ぼくに思い起こさせていた。

「もしかして‥‥‥ソラ‥なのか?」
知らぬ間に、僕の口からそんな言葉が漏れ出ていた。

「‥‥あの子の名前は ソノ。『ソラ』ではなくて、『ソノ』だよ‥・」
チョコレートで口の中をいっぱいにしながら、もそりとモリオが言った。どうやらぼくの呟(つぶや)いた声が聞こえていたらしい。
「あ‥ああ、そうだった!ソノだ。ソノだったよな」ぼくは慌ててごまかしていた。
ぼんやりと思わず口に出してしまった名前だったが、改めて自分の弱さを認識し、恥じ入った。

「さっきから見てるみたいだけど、転入生が気になるのか?」
モリオに言われてすっかり思い出した。彼女は新学期に入って早々クラスに転入して来た、ツジウラ ソノだった。
「違うんだ。違うよ。ほら‥まだ話したこともないし、見慣れてもいないから‥気になっちゃってさ」
「そうだよなあ。ちょっと変わった子みたいだし、あんまり人と話したがらないらしいし‥‥」
「きっと転入して来たばかりで緊張してるんだよ。それに、ただの人見知りなのかも知れない」


後日加筆します。
ご了承ください。

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (114)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その一

久しぶりの遠足だ‥・と思った。

いつ以来だろうか?
結婚してから‥初めてなのは間違いない。それ以前だったら‥‥高校生の時まで遡(さかのぼ)るだろう‥‥‥‥‥
そんな事を考えながら歩いていると、並んで歩いていたモリオが、ぼくのリュックサックをつまんで引っ張った。
「ヒカリは、どんなおやつ持ってきた?お弁当は何?」
そんなモリオを横目で見て、「ああそうか‥」と思った。これは小学校の遠足だ。それも低学年の、おそらく二年生だろう。
ぼくも、おそらく小学二年生に違いない。周りの風景を映す目線が随分(ずいぶん)と低く、両足が刻んでいる歩幅も小さい。

「おやつはいろいろだけど、お弁当はサンドイッチにしてもらった」と、ぼくは答えていた。「モリオはどうなの?」
「お弁当は三色おにぎりだけど、おやつはチョコを五種類買って持ってきた」
嬉しそうに話すそんなモリオに、ぼくは忠告する。「チョコレートは溶けちゃうよ。食べる頃にはきっとべとべとだ」
「わかってないなあヒカリ。それがいいんだよ。それがうまいんじゃないか」
両手や口のまわりをチョコまみれにして食べているモリオが目に浮かんで、ぼくは少しだけおかしかった。

「うわぁあ!」
ぼくたちの前を歩いていた女の子数人が突然歓声をあげた。
クマザサが両わきに茂った山道が途切れ、前方に開けた野原が現れていた。野原は一面の菜の花で、眩(まぶ)しい黄色に輝いていた。

「みなさーん、ここで少し休憩にしまーす」引率の教師の一人が全員に声をかけた。担任の葉子先生だ。後の二人も口を揃(そろ)えた。名前は忘れたが話好きの教頭先生と、教師になったばかりでまだ大学生みたいな副担任の風太郎先生だ。「気温が上がってるので、必ず水分補給をしましょう」「おやつをつまんでも構わないけど、お弁当前なのでほどほどにしましょうね」
黄色い声を上げながら、みんな思い思いの場所に散らばっていった。ぼくとモリオは傾斜を少しだけ登って、野原の菜の花全部が見渡せる絶好のスポットに腰を下ろした。先生の忠告に従い、水筒を肩からはずしてコップのふたに中身を注ぐぼく。モリオはリュックに差してあったペットボトルを取り出すと直接口をつけてノドを鳴らし始めた。
「‥元気だねェ」菜の花畑を走り回る数人の子たちを呆(あき)れた様に見下ろしながら、モリオはさっそく『一種類目のチョコ』を平らげ始めた。
ぼくはと言うと‥‥、実はさっきから奇妙な感覚に囚(とら)われている。数メートル離れた右手の小さな木陰にやはり腰を下ろしてくつろいでいる『女子三人のグループ』がなぜか気にかかり、目が離せなくなってしまっていたのだ。

「もしかして‥‥‥ソラ‥なのか?」
知らぬ間に、ぼくの口からそんな言葉が漏れ出ていた。

次回へ続く