悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (254)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十九

制裁‥‥‥
制裁て何だ? いったい‥何に対する制裁だ??

ぼくは飽く迄も常識的な客観性を持って、ああだこうだと自分とこの世界との関係性を考察し、これが適当だと判断して『制裁』という言葉を当て嵌(は)めて置きながら‥‥、ふと我に返り、その根拠らしきものが全く馬鹿げていると思った。なぜなら彼らは、『制裁』を受ける様な事は何もしていないではないか。
恐らく‥娘のソラを死なせてしまったぼくは、ソラが受診した少なからぬ数の病院・診療所の医師達が、結果として『何も示せなかったし、何の成果も上げられなかった』という事実に深く失望したのだ。しかしそれは、決して彼らの罪ではない。病因が特定できない病(やまい)に罹(かか)ってしまったソラが『運が無かった』のだ。ただそれだけのことなのだ‥‥‥‥
だが、ソラを失ったぼくと妻の人生が一変してしまったことは確かで、漠然と持ち続けていた現代医療への信頼感は消え失せ、併せて社会や人間に対する強い不信感が生まれた。そしてきっと‥‥その時から、ぼくの心は歪(ゆが)み始めたのだ。
ぼくの歪(ゆが)んだ心には、何時(いつ)しか『全く以って理不尽(りふじん)極(きわ)まりない』怒りと、それゆえに『全く謂(いわ)れの無い対象』へと向けられた復讐心が渦巻く場所となった。そしてその捌(は)け口として『この世界』が拵(こしら)えられ、ついにそれらが発露(はつろ)するに至ったのだ。

この世界に、それぞれの役を与えた彼らを配置し、この世界に昔から棲(す)むと言う『伝説の魔物』を召喚(しょうかん)し、自分の手を汚すこと無く彼らに残酷な制裁が加えられるよう‥仕向けた‥のだろう‥‥‥・

そんな‥、すでに着々と進行して行った様子のこれまでの『シナリオ』を頭に描いてみて‥‥、今回の全体としての『遠足のシナリオ』はそれだけでは不十分であることにも気がついた。
伝説の魔物が、はたして『ヒトデナシ』であったとして、『ヒトデナシ』がぼくの心の中から湧いて出たものではなく、もう一人のぼくの人格である『やつ」が言っていた通り、偶然『別の世界』からぼくが言葉通りに召喚してしまった未知の『異物』であったとしたら、それだけでもうこの先の展開は予測不可能な事態となる。
さらには、『ツジウラ ソノ』が『ソラ』であるとして‥‥、彼女が、自宅病床での『ぼくと交わした口約束』だけで、ぼくがこの遠足に招き入れたとも考えにくい‥‥‥

そう言った疑問のひとつひとつを‥枚挙(まいきょ)していけば暇(いとま)もない、ぼくが拵えたはずの『この気持ちの悪い世界』‥‥‥‥
「 ふう‥ 」とぼくは、深いため息をついた。そして、考え始めた。
その全ての疑問を解き明かすためにまずぼくがしなければならないのは、自分の歪んだ心をどうにか味方につけて、このどこまでも続く直線通路から脱出する方法を導き出すことだった。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (253)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十八

「 気がついた‥ことがあるんだ‥‥ 」
ぼくは、さっきまで耳を傾けていた『頭の中に響くやつの声』についてセナに説明するのは、彼女を不安にするばかりか余計に混乱させてしまうだけだと考えて、『やつの存在』の一切を伏せて通すことにした。だから、まるでたった今自分で思いついた事柄を聞かせる様な振りをして、セナに話しかけたのだ。

「 ぼく達が彷徨(さまよ)っているのはもちろん巨大迷路廃墟の中なんだけど‥‥、でもどうやら、いろんな他の空間がごちゃ混ぜにくっついてしまっている状態らしい‥‥ 」

「 他の‥空間?? 」 聞いていたセナは、まるで本当の小学二年生みたいに、不思議そうに小首を傾(かし)げてみせた。
「 ああ。 例えば‥、ソラを診(み)せに行ったり入院させてた病院の‥病室とか廊下だったり、ソラが亡くなってから運ばれて行った特別な部屋だったり‥‥‥‥ 」
「 ‥‥‥そう 」 ソラの名が出た途端(とたん)、セナは表情を曇らせ、元気なく相槌を打った。そしてしばらく考え込んだ後、こんな事を指摘した。
「 そう言えば、後で気がついたことだけど‥‥ この遠足の引率者は、私達が小学二年生だった当時の先生方ではなくて、全員がソラを診てもらった幾つかの病院の『お医者様の先生方』だったわ 」

そうなのだ。セナの指摘は正しい。一度『ヒトデナシ』にバラバラにされ、知らぬ間に復活を遂げていた風太郎先生は、池ノ端南(いけのはたみなみ)病院の若先生(わかせんせい)だったし、迷路廃墟の外壁に腹を裂かれて逆さまに吊るされた教頭先生は、同病院で時々しかお目に掛かれなかった院長先生に間違いなかった。さらに、思い出したぼくの記憶が正しければ葉子先生は、長野県まで足を運んで診て頂いた循環器の専門医だったし、水崎先生は、たった一度だけお会いして風土病・地方病に関して意見を伺(うかが)った都内診療所の女医さんだった。
こうやって頭の中を整理してみると、やつが頻(しき)りに口に出していた『おまえが拵(こしら)えたこの気持ちの悪い世界』の意味が理解できる気がした。ぼくの心に生じていた歪んだ感情が、この『遠足』の世界に、意図的に彼らを配置したのだ。
恐らく‥‥、彼らに何らかの形で‥‥、制裁を加える‥ためにだ‥‥‥‥

次回へ続く