我為すことことごとくこれ蛇足也

今回は予定を変更して、今の時期しか体験できないであろう些細(ささい)な事を、勿体(もったい)ぶって書いてみたいと思います。
題して『夏の終わりのハーモニー』です。

暦の上ではとうに秋で、日の入りも随分と早くなってきました。
夜の帳(とばり)が下りる頃、西の空を見上げると(見上げるほど高い位置でもありませんが‥)夏の星座の代表である『さそり座』が輝いており、ゆっくりと西の地平に沈み行(ゆ)こうとしています。
この星座の中央で赤い光を放つ赤色超巨星『アンタレス』は直径が太陽の680倍あるとされていて、さそり座のシンボル的な存在です。

そうしてしばらく‥‥・時を待ち、‥‥日が変わり、さらに時を経て空が僅かに白み始めて闇が退いて行く少し前、東の空に輝くのは冬の星座の代表『オリオン座』です。
鼓(つづみ)の形が特徴のこの星座は、『ベテルギウス』という1等星(やはり赤色超巨星)を持ち、この星は、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンと共に『冬の大三角』を形成します。

この二つの星座は、同じ夜空に輝く事は決してありません。
ギリシャ神話では、オリオンは優秀な猟師でしたが、この世界に自分が倒せない獲物はないと驕(おご)ったため、神の放ったさそりに刺し殺されました。
共に天に上げられ星座となった後、東の空から『さそり座』が姿を現す前、まるでそれから逃げ、隠れるみたいに『オリオン座』は西の空の下へと沈んでいきます。また、さそり座が西に沈むと、安心した様子で東からオリオン座が上ってくるのです。

夏と冬の代表的な二つの星座の物語に‥一晩かけて思いを馳(は)せる‥‥‥。今はそんな贅沢ができる季節の変わり目の、特別な夜空なのです。

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (121)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その八

『巨大迷路』は‥‥‥、堅固な壁に囲まれた、まるで砦(とりで)の如(ごと)き様相である。

巨大迷路は、全部が焦げ茶色のしっかりとした木材で組み立てられている。柱として立てられた角材と角材を繋(つな)ぐ様に板の横木を数枚打ちつけていき、それを連ねて高さ2メートルはある全ての壁(迷路の仕切り)が出来上がっている。
迷路が張り巡らされている敷地全体の大きさは、およそ25メートル✕35メートル。その中央には、やはり木材で組み上げられた高さが5メートルはあろう屋根付きの櫓(やぐら)がそびえ立っていて、まるで周りからの攻撃に備えるための見張り台であるかの様だ。この櫓、実は迷路に迷ってしまった人が登って迷路全体を見下ろし、出口を見定めて出口までの大体の道筋(どこをどう進めば出口に辿り着けるか)を確認するための展望台なのだ。もちろん迷路の外の風景を楽しみながら休憩する事もできる‥‥‥‥‥‥

ぼくは、なぜだか頭の中にある『巨大迷路』の知識もしくは記憶?をもとに、モリオに解説した。
「あそこにある、こんもりとした小山に見えるところ‥‥。シルエットが巨大迷路の形や大きさとほぼ同じ気がする。真ん中の突き出た部分はおそらく展望櫓(てんぼうやぐら)だと‥思う」
モリオは不思議そうな表情を浮かべたまま、ぼくの言葉に耳を傾けていた。

「そ‥・そうだな。ヒカリの言う通りかも知れない」しばらくの間、こんもりした緑の小山に目を向けていたモリオが言った。「閉鎖されてからもうずいぶんと経つのに、取り壊されずに残っていたとしたらビックリだ!」
「確かめて‥‥みたくならない?」ぼくは、さり気なく言ってみた。
「えっ あそこまで行くってこと?!」モリオが驚きの声を上げた。だが、そんなに驚くほどの距離でもない。大体300メートルくらいだろう。

実はぼくには、風景を眺めていてちょっと閃(ひらめ)いた事があった。『本当にあれが巨大迷路なのか?』と言う問題ももちろんだが、もう一つどうしても確かめておきたい事が生まれてしまっていた。『確かに見たはずなのに見つけられないでいる赤い花』の謎を説明できる信憑性のある推論が頭の中に出来上がっていて、すぐにでもそれを実証してみたかったのだ。
芝生広場に到着する直前、林の中からチラリと見えた赤い花。てっきり芝生広場のどこか一部の風景が垣間見えたのだと思い込んでいたのだが、林の道のその場所からの距離と方角をよくよく考えてみると、もしかしたら芝生広場を越えた向こう側、少し下(くだ)って低い場所にあった『こんもりした緑の小山』の一番高い部分(おそらく『展望櫓』の一番上の部分?)が突き出て見えていたのではあるまいか?しかも方向として、あの時見えたのは今見えているこちら側ではなく、ここからでは丁度見る事ができない反対側の部分だったのかも知れない‥・と‥。
つまり林の中からぼくが垣間見た『赤い花』は、あの『こんもりした小山のてっぺんの丁度裏側辺りに咲いている可能性がある』という考えに思い至ったのだ。

次回へ続く