悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (119)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その六

林が切れ、視界が一変した。
広大な芝生の台地が、ぼくたちの眼前に姿を現したのだ。
世間ではここを‥、この一帯を『ハルサキ山』と呼称している‥‥らしい。          

「すてき!まぶしいィ!」女子の一人が感嘆の声を上げた。言葉より先に数人の男子が、すでに駆け出していた。
お日様の光を全面に受けて輝く緑の芝生が、ぼくたちを歓迎する様に広がっていた。
「ここが目的地の、安心して自然とふれあえるところさ」
「プリントの解説はもういいったら‥」ぼくとモリオはそんな会話をしながらも気分の高揚は隠しきれず、芝生を速足で踏みしめながら歩いていた。
「みなさーん!いったん集まってくださーい!」葉子先生が声をかけた。教頭先生、風太郎先生も、遠くへ行こうとしていた子供たちを呼び戻した。「これからここで過ごす間の注意がいくつかありまーす」
みんなは逸(はや)る気持ちを抑えて、先生からの諸注意に耳を傾けた。「遠くへ行ってはいけません」「広場の周りにある森や傾斜の急な場所には立ち入らないこと」等々(などなど)一通りの事を伝えると最後に先生は、トイレと水飲み場のある場所を案内し、お弁当にするタイミングを教えた。

高台にあるこの『芝生の広場』は標高こそ然程(さほど)ではなかったが、周囲の景色を心地よく見渡せたし、広さも学校の敷地面積の倍は優にあって、小学二年生には十分過ぎるほどの開放感があった。
先生が言っていたトイレと水飲み場は広場の北東にあり、隣接するかたちで十台程が止まれる駐車場があった。離れた国道とここを結ぶ唯一の舗装道路が、駐車場の脇から下りながら北に向かって延びているのが確認できる。
モリオにつき合って早速トイレにやって来たぼくは、駐車場にポツンと一台、見覚えのある軽自動車が止まっているのに気がついた。記憶が正しければ、養教(ようきょう)の水崎先生の愛車に違いない。
「水崎先生の車だな」トイレを済ませて出て来たモリオが、ぼくの記憶にお墨付きをくれた。
「来ているのは確かみたいだけど、いないって言いながら葉子先生がと教頭先生が探してたよ‥」モリオは続けた。
「ふーん‥‥どうしたんだろうね‥‥‥」ぼくはいかにも気のない返事をしてしまっていた。それと言うのも、ぼくにはさっきから気になっている事が他にあったからだ。

ここへ来る途中の林から、一瞬チラリと見えたと思った赤い花が、広場のどこを探しても見当たらないのだ。
白、黄、紫ならすぐ目についた。シロツメクサやタンポポ、ノアザミなどの野草が芝生周辺のそこここで群れを成して花をつけている。だが、赤だけが皆目(かいもく)見つけられないでいた。
目の錯覚‥‥・と片付けてしまうには気持ちに収まりがつかない、あまりにも印象的な『赤』だった。

次回へ続く