悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (11)

序〇糞(ふん) その十一
男が目を開けると、先ほどとは打って変わって、のどかな空が広がっていた。
草むらからゆっくりと身を起こす。座り込んだまま緩慢な動作で辺りを見回すと、少し離れた場所でしゃがみ込んで、男の様子を窺っている少年に気が付いた。

少年は微妙に口角を上げたまま、どこか楽し気にしていて、黙ったままいつまでたっても話しかけてこなかった。

「‥‥‥感想が‥‥聞きたくないのかい?」男の方から声をかける。
少年は首を振った。「‥‥・聞いたって‥‥どうせ上手く言葉にできないってところだろうよ」
少年の言う通りだった。男の頭の中は、明らかに混乱していた。

「夢は‥余韻さ。飛んでもねえ夢を見ちまった人間が、目覚めた後にそいつを思い出して、夢の余韻の中で右往左往しながらどうにか自身との折り合いをつけようとしている‥‥‥そんなところを眺めているのが好きでね」
少年はよっこらしょという具合に立ち上がる。
「もっとも‥・あんたが今見てたのは他人様の悪夢だからな、自分のものよりは落ち着いていられるだろうが‥‥せいぜいその余韻を味わうが良いさ」
そう言い置いて歩き出した。どうやら、獏の糞探しを再開するらしい。

男は取り残された。
少年は商売人を自称していたし、「欠片」を飲んで物の真偽が確かめられた後である、てっきり商品を薦めるなり売り込むなりするものだど思っていた。
男は草むらに座ったまま、遠ざかる少年の姿を目で追いながら考える。
男を相手にしてくれたのは、ただの気紛れだったのかもしれない。おそらく商品は引く手あまたの品薄状態で、新たな顧客を必要としていないのだ。

商品の価値は十分理解できる‥‥男は、見たばかりの悪夢をもう一度思い出していた。
3ⅮやVR(バーチャルリアリティー)の映像体験は、人並みに済ませている。五感、つまりは脳を錯覚させて疑似体験するシステムは、それなりに満足の出来るものだった。しかし、この体験は違った。けた外れと言っても良かった。
歌声、血の色や味はもちろん、死の臭い、覚えのない記憶や感情までが伝わってくる。まるで脳自体が体験している‥‥そんな印象であった。
さらに何よりも優れていたのは、おそらく他人の思考回路を経た所以(ゆえん)の、まったくもって予期予測できない展開と恐怖である。

多種多様の悪夢が、質の高い刺激が、自在に味わえる‥‥・まさに夢の様な商品ではあるまいか。

今度は「欠片」ではなく、「丸い塊」のままの悪夢を味わってみたい。
男は立ち上がった。そして、少年の後を追いかけて行った。

次回へ続く

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