悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (2)

序〇糞(ふん) その二
‥昭和の子供‥‥‥
男の受けた印象はそれだった。

大きめの麦わら帽子。くたびれたランニングシャツに半ズボン。袈裟懸けに、布で出来た袋のようなバッグを下げている。
手には、その辺で拾ってきたお気に入りだろうか、長めでまっすぐな木の枝を握っていた。
今いる自然に満ちたこの風景に、何とも似つかわしい人物だろうか‥・
男がそう思って眺めていると、少年は歩き出した。

やや前屈みになって、手にした棒で草をかき撫でながらゆっくりと進んで行く。
どうやら、草に隠れた何かを探している様子だ。

やっぱり昆虫採集か‥それとも役に立つ野草でも探しているのかな?
男は興味を覚え、少年に近づいて行った。

「何をしてるんだい?」
「‥‥‥‥‥」
少年は答えることなく進んで行く。男は苦笑いして、聞こえぬため息をついた。
それでも他にすることが無さそうなので、少し遅れて少年の後ろをついていった。

数本の低木が陰を作る草むらまで来た時だ。少年がおもむろに屈み込み、棒で何かを突っつき始めた。
男はさり気ない様子で近づき、少年の肩越しにのぞき込む。
しかし、期待に反してそこにあったのは、何の変哲もない土くれにしか見えない代物だった。

男は呆れ顔で再び声を掛けてみる。
「一体‥それは何なんだい?」

「‥‥‥‥糞。」
少年から答えが返って来た。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (1)

夢は、現実ではないが・・・
体験と呼べるものなのかも知れない。

悪夢は‥‥
驚愕と絶望、身がよじれ、声なき叫びを上げて目覚める悪夢・・・
汗と血の臭い、口の中のざらつき、手に残る感触がいつまでも消えそうにない悪夢は‥‥

見まがう事のない‥体験である。

序〇糞(ふん) その一
浅い眠りだった。
まぶたの下の眼球が小刻みに揺れている。
男は夢を見ていた。

午後は三つの取引先を梯子する予定で、その出先のはずである。
なのに、どうして自分はこんな所にいるのだろうか?
眼下に広がる里山の風景を眺めながら、男はそう思った。
手にしていたはずのスマホがない。バッグも消えている。
・・・そうか、今日は休みだったっけ。おそらく散歩にでも出かけて来たのだ。
張りつめていたものが消えていった。

コンビニでも探してみるか‥‥
男は歩き出す。
下草が踏みしめられてできた細い道を、やや下りながら進んで行く。

どうやらここは、かなりの田舎らしい。しばらく歩いてそう思った。
鍬を担いだ農夫にでもすれ違いそうだ。コンビニはおろか、自動販売機すら見つけられる場所ではない。

だったら昆虫採集はどうだろう・・・
小学四年生の夏休み、母の故郷で虫捕りに興じた一日を思い出す。
今気がついたが、たくさんの蝉の声が聞こえているではないか‥‥。
ぼんやり辺りの木を見回しながらさらに進むと視界が開け、やや広い野っぱらに出た。

人がいる。
野っぱらの真ん中、こちらに背を向けて、麦わら帽子をかぶった少年がひとり立っていた。

次回へ続く