悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (1)

夢は、現実ではないが・・・
体験と呼べるものなのかも知れない。

悪夢は‥‥
驚愕と絶望、身がよじれ、声なき叫びを上げて目覚める悪夢・・・
汗と血の臭い、口の中のざらつき、手に残る感触がいつまでも消えそうにない悪夢は‥‥

見まがう事のない‥体験である。

序〇糞(ふん) その一
浅い眠りだった。
まぶたの下の眼球が小刻みに揺れている。
男は夢を見ていた。

午後は三つの取引先を梯子する予定で、その出先のはずである。
なのに、どうして自分はこんな所にいるのだろうか?
眼下に広がる里山の風景を眺めながら、男はそう思った。
手にしていたはずのスマホがない。バッグも消えている。
・・・そうか、今日は休みだったっけ。おそらく散歩にでも出かけて来たのだ。
張りつめていたものが消えていった。

コンビニでも探してみるか‥‥
男は歩き出す。
下草が踏みしめられてできた細い道を、やや下りながら進んで行く。

どうやらここは、かなりの田舎らしい。しばらく歩いてそう思った。
鍬を担いだ農夫にでもすれ違いそうだ。コンビニはおろか、自動販売機すら見つけられる場所ではない。

だったら昆虫採集はどうだろう・・・
小学四年生の夏休み、母の故郷で虫捕りに興じた一日を思い出す。
今気がついたが、たくさんの蝉の声が聞こえているではないか‥‥。
ぼんやり辺りの木を見回しながらさらに進むと視界が開け、やや広い野っぱらに出た。

人がいる。
野っぱらの真ん中、こちらに背を向けて、麦わら帽子をかぶった少年がひとり立っていた。

次回へ続く