悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (59)

第二夜〇仮面 その三

みんなはどこへ行ったの?
残されたこのお面の様な顔は何なの?

それはまるで‥‥・手品のトリックにまんまと嵌められた感覚だった。
私は、地面に落ちた顔の一つを拾い上げた。

沙織だ‥。本物の沙織の顔だ。いつも場を和ませてくれる魅力的なえくぼもそのままだ。目を近づけて観察しても作り物には見えない。
表面は皮膚の手触りだし、産毛まで生えている。体温さえ感じる気がする。ただ開いている両目だけは生気が無い。まるで死人の目だ。
裏返してみる。裏側はまさしく「お面」の作りで、鼻のへこみがあって鼻の穴はちゃんと開いていた。目の部分は裏からだとマジックミラーみたいに向こう側が見透かせた。
凪子‥・、文音、陶子‥、実奈‥‥‥。私はみんなの「顔」を拾い集めた。
「一体全体、何が起こったって言うの?みんなどこへ消えちゃったのよ‥‥‥‥‥」
私は気が動転していた。一瞬、これはみんなが私に仕掛けた手の込んだ「ドッキリ」ではないかと思い込んで落ち着こうと試みたが、今手の中にある精緻な五人の顔の不可解さに、やはりただ事ではないとすぐに打ち消した。

じっとしていられなかった。やはりみんなを探さずにはいられない。私は顔出しパネルを一周してみた。駐車場を隅から隅まで見渡し、道路の方へと歩いて行く。その間、震える指でスマホを操作し、みんなに連絡を取ろうと試みた。しかし誰からも応答、返信は無かった。
長くだらだらと続く一本道の道路に出て、右と左の可能な限りのずっと先までを眺めてみたが、ここにもみんなの姿は発見出来なかった。

‥‥‥・そうだ。私達のこの出来事の一部始終を目撃していた通りすがりの観光客はいなかっただろうか?

それも‥期待できないという事にすぐに気づかされた。道路の見えている限りの範囲にはまったく人影と言うものが無い。車一台走っていない。いくら平日の寂れた観光地とは言え、こんな事があるものなのか?これだけお店が並んでいると言うのに‥‥‥‥‥‥
もしかしたら‥‥この世のすべての人間が、みんなと同じ様にに消え失せた?
そんな想像を打ち消すために、私は土産物屋の一軒を覗いた。奥の方で影が動いた。店にはちゃんと人がいる。当たり前だ。

そうか!そうだ。今私が覗いている角(かど)のお店は道路側だけでなく、顔出しパネルの立つ駐車場側にも確か入口が開いていた。店員が目撃していた可能性があるではないか。

私はその土産物屋に足を踏み入れた。

「はいいらっしゃい‥」
店の名前の入った緑のエプロンをつけ、ハンディーモップを手に土産物に積もったほこりを掃っていた小柄な年配女性があいさつした。まるで小学生が吹くリコーダーの様な高くて細い声だった。
「あ‥あのゥ‥‥‥‥‥‥」私は何て切り出そうか迷った。
店員のおばさんは私の様子から、私が買い物客ではなく何かのトラブルで立ち寄ったのだとすぐに理解したらしい。眉間に軽くしわを寄せて言った。
「どうか‥・したのかい?」

「友達とはぐれちゃったんです‥‥あそこのパネルで撮影してて‥」私は駐車場側の出入り口の方を指差しながら話し始めた。案の定、ここからでも外の駐車場の顔出しパネルの一部分が見える。
「高校生の女子五人なんですけど‥、私が写真撮ってる間にどこか」
「あんた」いきなりおばさんが私の話を遮った。
「手に持っているのはまさか、その友達の顔かい?」
「え⁉ええ!」私はびっくりして、思わず持っていたみんなの顔を前に差し出した。

話しが早い、と喜んでいる場合ではなかった。明らかにおばさんは今までにも、別の人から同じ種類の相談を受けている。
おばさんは、差し出された五人の顔を吟味するまでもないと言う様に私の目を見つめ、リコーダーのドとレの音でこう言った。
「最近‥‥・よくあるんだよ」

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (58)

第二夜〇仮面 その二

アニメ「天と地と僕と」の顔出しパネルの空洞が五つの顔で埋まった。

パネル中央は、主人公の「ワタル」をこよなく愛する文音の丸くふくよかな顔。取り巻く四獣神の戦士達は、右上から凪子。紅一点の「サキ」を選んだ割には、元気いっぱいの男の子みたいな顔だ。左上の岩の如き巨体の持ち主「ゲンブ」には、最も似つかわしくない実奈の顔。スレンダーな肢体でハーフ美人の様な顔立ちの彼女は、いつもの飄々(ひょうひょう)とした表情で、今も何を考えてるのか分からない。でも無口なところだけはゲンブと似ている。右下左下の「セイ」と「ハクビ」に収まるのは沙織と陶子。気乗りのしていないはずの沙織だが、両頬にえくぼを見せて満更(まんざら)でもなさそう。ぶつぶつ小言の絶えない陶子は、結局と言うかやっぱりと言うか、四獣神で一番の美形キャラであるハクビを選択。あっぱれ。

こんな時の撮影に「はいチーズ!」は無いだろう。何時(いつ)でも何処(どこ)でも少しでも、みんなに気に入ってもらえる行動を心掛け実践する事を常としてきた私は、スマホを構えながらこの場に相応(ふさわ)しい掛け声を探した。
確か凪子が事あるごとに真似ていた作中の名台詞(セリフ)がある。そいつを拝借(はいしゃく)する事にした。
「いい?みんな行くよ」シャッターボタンに指をかけ‥‥、そしてその台詞を投げかける。
「我ら身命を賭(と)して、天と地を結ぶ生綱(きづな)とならん!」

カシャッ!
好感触。みんな良い顔。

カシャッ、カシャッ‥‥‥。私は五回続けてシャッターを切った。その後、自分越しにパネルのみんなの顔を入れて二枚ほど自撮りした。

「撮れたよー」
スマホに残るデータを確認しながら、私はゆっくりとパネルに近づいて行った。

「‥・え?‥まだ続ける?」私がパネルのすぐ前まで来ても、みんなは穴から顔を外していない。
「わっ、わかったよ‥」パネルに背を向け戻ろうとする私。だがその時‥‥・奇妙な違和感を覚えた。
振り向いて、パネルに出ているみんなの顔を見直した。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」

変わっていない‥‥・。さっきから‥・みんなの顔の表情が、1ミリも変化していないのだ‥。

「ねえ‥‥陶子?」一番近い距離の彼女に声を掛けてみる。しかし‥・、返事は無い。
「ねえ、みんな???」やはり沙織も、文音も凪子も実奈も‥‥、一切の反応を見せない。
目がおかしい。みんなの開いた目に、光が宿っていない気がする。陶子の顔のすぐ目の前で小刻みに手を振ってみたが、やはり何の反応も無かった。
これはただ事ではない。私は慌ててパネルの裏側へ回った。

「え‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

私は、呆然と立ち尽くした。
そこには‥‥‥‥誰の姿も無かった。
そしてその時、そよと風が吹き‥‥、顔出しパネルの穴に張り付いていた五人の顔が、ポトリ‥・またポトリと‥‥‥、踏み台やアスファルトの上に落ちた。

落ちた顔達はまるで、お面の様に見えた。

次回へ続く