悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (89)

第三夜〇流星群の夜 その三

「人類は‥‥‥‥滅ぶの?」
「‥‥たぶん‥‥‥‥‥‥」

二人寄り添って座り込んでいる丘の正面、南の夜空にはオリオン座が輝いている。
三ツ星ベルトの左上に輝く1等星、冬の大三角を構成する星の一つでもあるベテルギウスに僕は目をやり、彼女に指し示した。
「星にだって終わりはある。あの赤っぽく見える星は、もうすぐ超新星爆発を起こして終わりを迎えると言われているんだ‥‥」
「もうすぐ?」
「もうすぐ‥て言ったって十万年以上先になるかも知れないけど‥‥、星が誕生して終わるまでの途方もない時間を考えると、もう終わりを迎えてるのは間違いないんだ。ちなみに、僕たちの太陽が終わるのは五十億年後だってさ‥‥‥‥」

そうだよ‥‥と、僕は心の中で、自分の言った事に自分自身で納得していた。
そうなんだ。太陽が終わりを迎える前に、この地球だって終わるのだ。太陽が膨張を始めて赤色巨星になっていく段階で地球はその熱を受けて干上がり、生命が生存できる環境ではなくなっているはずだ。人類がその時まで生き延びていたとしても、結局滅ぶのだ。
それに、別にその時まで待たなくても、巨大な隕石一つ地球にぶつかればその時点で滅ぶ。繁栄していた恐竜があっと言う間に絶滅したみたいに‥‥‥‥‥‥‥

「宇宙に想いを馳せていると‥‥・、世界中で今起こっている事なんて取るに足らないものの様な‥・気がするんだ」
僕は、少しシニカルに聞こえるだろう言葉を、彼女に囁(ささや)いてみた。
彼女はペテルギウスに目を向けたまましばらく黙っていたが、やがてこんな返事をした。
「人間の生きている時間なんて、星と比べたら一瞬の瞬きにも満たないだろうけど‥‥‥‥。人間には感情があるのよ。終わりが近づけば戸惑い、悲しみ、‥‥絶望する」


脱力感が大きくなっていき、数時間後には灰色の石みたいになって死に至る「謎の病」。その初期症状は、よくあるちょっとした疲労感と何ら変わりはなかった。栄養ドリンク一本飲んでおけば継続して働けると思える程度のものであった。そしてこの事が、死者が拡大していく前の頃、更なる悲劇を生んでいた事が分かる。
世界中で、航空機が原因不明の墜落事故を起こし始めた。一週間で三機の旅客機と、五機の小型民間機ならびに訓練中の軍戦闘機が落ちた。その内、海ではなしに陸の上に落ちた旅客機で、百数十名の乗員乗客の遺体が回収された際、座った状態の姿勢で石の様に変化していた操縦士の死体が確認された。
航空機の件とおそらく同じ原因で、海洋上で小型船舶の消息不明、大型貨物船の迷走 衝突事故が少なからず報告された。もちろん、陸上の道路を走る車に関しても同様であった。
謎の病がもたらす突然の死は、全世界の様々な活動に極めて深刻な状況を突きつけようとしていた。

人類が気づき始め、不安が広がっていった。死者は増え続けた。
感染症の定義に当てはまらず、脈絡(みゃくらく)もなく、まったくの無作為に、不特定の人間が毎日毎日着実に死んでいく。病に対する何の解明も進まないままでは、それを止める手立ては無かった。

全ての活動が限定的になり、経済は真綿で首を締めるが如く、徐々に停滞していった。

次回へ続く