悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (87)

第三夜〇流星群の夜 その一

「お父さんとお母さんは‥‥‥星になるのよ‥‥‥‥‥」
傍らに座る彼女が、夜空を見上げてそう呟いた。

首都圏郊外の小高い丘。360度視界を遮るもののほとんど無い、観望にはとっておきのスポット。そんな場所にふたりきり、僕と彼女は寄り添う様に並んで腰を下ろしていた。
目の前に広がるのはもちろん、満天の秋の星空である。天の川が、まるで水に溶かした光の絵の具の様に空を斜めに横切っているのが端から端まで辿(たど)る事ができる。そして正面にはこの季節の千両役者のごとく、オリオン座が輝いていた。美しい配列のベルトの三ツ星、そして本来なら建ち並ぶビルの灯りや道路に列をつくる車のヘッドライトでぼやけて霞んでしまう小三ツ星(三ツ星ベルトのすぐ下にあるやはり3個並ぶ星。オリオン大星雲のある場所だ)も、今夜は3個ともくっきりと見えた。
「街の明かりが少ないだけで‥‥東京でもこんなに星が見えるのね」
「ああ‥‥人が随分いなくなったから、きっと空気も澄んでいるんだよ‥‥‥‥」
僕と彼女は夜露の降りた草の上で、そっと手を重ね合わせた。それが、とても悲しい会話だったからだ。
たった三年前の高校二年の夏休み、ペルセウス座流星群の極大の夜。僕は夜通しこの丘にいて、流れる星を数えていた。その時には丘の上はまるで縁日の様に人で賑わっていて、キャンプ用具を出して陣取る人もいれば、花見の日みたいに酒を酌み交わす人達もいた。それが今夜はこの通り‥‥‥、僕と彼女の貸し切りである。見渡す限り人っ子一人いない‥‥‥‥‥

この一年と八か月の間に、報告されただけで地球の人口はおよそ半分に激減していた。
奇妙な流行り病が世界の国々を席巻(せっけん)したのだ。

地球上で最初に確認されたのがどの国の何処だったのか、信憑性のある報告は今に至るまで為されていない。気がついた時には、欧州で、中国で、北米で、ロシアで、そして日本でも‥、人が突然死に始めていた。
発熱や咳、痛みなどの症状があるわけではない。ただ、しきりに倦怠感(けんたいかん)を訴え出したかと思うと、数時間後にはもう動かなくなっていた。全身が灰色になり、石の様に硬くなって死んでいたのだ。
原因は分からなかった。「まるで‥‥生きることが嫌になって死んでしまったみたいだ‥‥‥」と誰かが言った。
毎日毎日世界で十数人が死ぬようになって初めて、それぞればらばらに思えていた謎の死が、共通の感染症である可能性が疑われた。各国の政府が深刻な問題として警戒感を示し、たくさんの研究者が死因の究明に躍起になった。
しかし、確かな成果の出ないまま二週間が無為に過ぎ、一日の死者数は千人を超えていた。さらに一ヶ月後には数万人に達した。健康な者、そうでない者、老若男女を問わず、原因不明の死は着実に広がっていったのだ。
世界が動揺し始めた。不吉な予感が人々の心に忍び寄っていた。そんな時、更なる事態が医療関係者や研究者を襲う。彼らが次々と倒れていったのだ。すでに命を落とした者もいた。しかしその原因は、先の事象と違って極めて明白であった。彼ら全員が全員、高いレベルの放射線に被ばくしていたのだ。
放射線は驚くべき事に、灰色の石になって死んだすべての遺体から放出されていた。

次回へ続く