悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (47)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その三十二

最近の事である。俺は、街角の一枚のポスターの前で足を止めていた。
ポスターには「バベルの塔」が描かれていて、「ブリューゲル」と言う画家の名前が読み取れた。
偶然なのかそれとも必然だったのか、後日ふらりと入った書店で再びブリューゲルの名を目にし、その画集を手に取る。
見ず知らずの国の歴史風習や宗教に何の知識も持たない俺には、描かれていた光景が一体何を意味しているのか、皆目見当もつかなかった。
ただ、奇妙な絵であった。人も人々も物も風景も、何もかもが奇妙で気味が悪かった。見ていると、気持ちがどんどん落ち着かなくなった。不安になっていった。
俺は、画集を閉じた‥‥‥。

 

地中に埋まった校舎全体が高揚感に満ち溢れ、震え出していた。
外を埋め尽くす土の圧力を受け止めている教室のすべてのガラス窓がビリビリと揺れている。廊下側の壁やトビラは、すでに教室の前に押し掛けている「子供たち」の息遣いで波打っている様に見えた。
俺は椅子に座ったまま膝を抱え、目を瞑り、歯を食いしばり、全身の筋肉を固くして傷の痛みと群がる虫たちを拒絶しようと試みていた。そして今の状況に何らかの変化が生じる事を願って、じっと、ただじっとその時を待とうと思った。
委員長が、「子供たち」の事を俺の投影だと言ったのは多少は当たっているのだろう。しかし、俺が忘れたかった過去を校舎ごと土の中に葬り去ろうとした時彼らが紛れ込んだのは、彼らが最初から「小学校の校舎の一部分」だったからだ。
小学生時代など、全てが希望に溢れ楽しかったわけではない。大概は酷くくだらなく、どこかぼんやりと悲しかった。校舎の壁や天井や廊下のあちこちにある古くから取れないシミ汚れとか、照明の届かない隅の暗がりみたいにだ‥‥‥。膨大な程に存在した時間の中、ふざけ合い、つまらないいたずらをしてただ面白おかしくその時を過ごして何が悪い?そんな小学生なんて履いて捨てる程いるだろう‥‥。
俺は「彼らの王様」でも何でもなくて、整列した時に一歩先に足を踏み出して目立ってしまったただの慌て者程度の存在なのだ。
彼らはきっと、俺を仲間として扱ってくれて‥‥この場を何とかしてくれる‥‥‥‥‥‥。

委員長は格別慌てた様子もなく、粘土のクラスメートたちを二つある出入り口のトビラの前に陣取らせ、内鍵をかけるよう命じた。

何の前触れもなく、突然、校内放送で音楽が流れ始めた。
「マイム・マイム」。フォークダンスの定番曲である。
教室内のスピーカーからも適度な音量で流れ出したマイム・マイムは、その場の緊張感に全くそぐわない代物だった。

ガシャーン‼
教室後ろのトビラの覗き小窓のガラスが、粉々に吹き飛んだ。
その破壊音に俺が思わず目を開けると、モップの柄の部分が小窓から突き出て、トビラの前に立っていた粘土のクラスメートの頭にグサリと刺さり、見事に貫いているのが見えた。
次には小窓から数本の白魚(しらうお)の様な手が現れ、にゅーっと細い腕が伸びて、そのうちの一本の手が内鍵を探り当ててカチャリと外した。

マイム・マイムは流れていた。
曲中の、「掛け声」を掛けるタイミングで勢いよくトビラが開き、彼ら「子供たち」が天突きで「強く押し出されたところてん」の様に教室になだれ込んで来た。

その光景は何故か俺に‥‥・書店で見たブリューゲルの絵画の一枚を思い起こさせていた。
これから繰り広げられる出来事が決して‥‥‥‥愉快なものではない予感がした。

次回へ続く

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