ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (25)

第四話「死体」 その五
1987年、映画「スタンド・バイ・ミー」が日本で公開されると、私は早速映画館に足を運びます。
鑑賞し、流れるエンドロールをぼんやり眺めてセンチメンタルな余韻にひたっていた私の心の中に、ある感慨がこみ上げていました。それは、少年時代余計な行動を繰り返しては心底後悔していた愚かしい自分への愛おしさでした。
ご存知の通り映画の原作はスティーヴン・キングの「死体(the body)」です。

本物の死体を見たいという強い想いは、トンネルを通過する時もきわめて有効に働き、「壁の顔」をほとんど意識する事はありませんでした。
5台の自転車は減速する事なく闇を抜け、山が迫る道を突っ切り、あっという間にM湾を望める場所にまで私達を運びました。

当の現場はすぐに分かりました。近くに民家はなく養殖イカダと作業小屋しかない所に、十数名の人だかりができていたからです。
自転車を降り,さりげなさを装い私達も彼らの後ろに立ちます。
彼らが遠巻きにして見つめているものこそ、私達が求める?それでした‥‥‥

彼‥‥中年の男性の死体はすでに引き上げられ岸に寝かされていて、何か(制服の人達の到着?)を待っている様子でした。
布の様な物が掛けられてはいましたが寸足らずだったのか、髪の少ない頭部から肩のあたりまで見る事ができました。
少なくとも上半身は裸。首にひも状の何かが巻き付いています(後で気づいたのですがそれはネクタイで、着ていた服はおそらく波にもまれるうちに脱げてしまった様なのです)。
皮膚は傷んでいましたが「赤」い印象はまったく無く、むらさきや茶色が混ざって白濁した灰色をしていました。

15分程見ればそれでもう十分でした。
誰とは無しにひとりふたりと現場に背を向け、自転車のとめてある方へ歩いて行きます。私もそうしました。
みんな口数少なげにそれぞれの自転車にまたがり、ここで解散する事となりました。
私はS君と並んで走り出しました。
「おもしろ‥なかったな‥‥」
S君はポツリ言い置いて、スピードを上げて走り去っていきました。
私はS君を追おうとは考えませんでした。ひどく体が怠かったのです。

(私達‥‥私は、一体何を期待していたのだろうか‥‥‥)
何か物凄い重労働をした後の様に、全身に怠さを感じていました。
頭の中はというと膜がはったみたいにぼんやりしていて、しかしその中に明らかに死体を見た事への後悔の感情が生まれ、深く刻み込まれた気がしました。

ため息をつく気力も消え失せ、自転車を止めて前方に目をやると‥‥
やはり「トンネル」が黒い口を開けて待ちかまえていました。
行った道は帰りも通るのは一つの道理。
「後悔先に立たず」と言うことわざも全くの道理でした‥‥‥

ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (24)

第四話「死体」 その四
ぼくらはみんな生きている 生きているから歌うんだ
ぼくらはみんな生きている 生きているからかなしんだ
手のひらを太陽にすかしてみれば まっかに流れるぼくの血潮
ミミズだってオケラだって アメンボだって
みんなみんな生きているんだ 友達なんだ

生命賛歌とも言える童謡「手のひらを太陽に」の歌詞です。
子どもの頃元気よく何度も歌った記憶がありますが、薄気味悪く思っていた部分があって、その箇所を歌う度にある種の「死のイメージ」が頭の中に湧き出してきたのを覚えています。
「まっかに流れるぼくの血潮」の部分です。

どくんどくんと全身からまるで噴水のように血が吹き出し、真っ赤に染まって息絶えていく自分の姿‥‥
「クジラの解剖」やテレビ・映画の影響もあったのでしょうか、死とはこういうものなのかもしれないと漠然と思ったものでした。

二つ目の「人の死に関する体験」も突然やってきました。
9月の台風シーズンに入ると、私の町は高い確率でその脅威にさらされます。台風の通り道、台風情報で度々登場する紀伊半島の南端串本町「潮岬」からそう遠くない場所に位置していたからです。
その年もそこそこの勢力の台風がやって来て少なからぬ被害をもたらして行きました。
一過の数日後だったでしょうか、放課後小学校のグラウンドにたむろしていた私達に思わぬ情報がもたらされました。町のM湾(市場のある港とは違う少し離れたもう一つの奥行きのある入り江で、小規模ながら真珠貝の養殖用のイカダがいくつか並んでいた)に死体が流れ着いたというのです。S市で台風の波にさらわれ1人が行方不明になっていたが、その人かもしれないという信憑性のある解釈まで付け加えられました。

私達は色めき立ちました。
「見たい!!」
「俺も見てみたい!!」
「本物の死体やぞ!!!」
集団心理も働いてか、好奇心が頭の中を支配していました。自分でも驚きですが、身近な人の死と違って見ず知らずの他人の死は好奇心の対象たり得たのです。
各自家に帰って自転車に飛び乗り再び集合、私を含め五人の小学生はM湾に向かうべく最短ルートとなる「例のトンネル」へと続くどれどれ登り坂を、全力の立ち漕ぎで上って行きました。

次回、第四話「死体」完結です。