悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (278)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十三

「 ぼくの‥ 今の心全体の有様(ありさま)がこの‥ 遠足‥‥‥‥ 」
頭の中に吐き捨てる様に響いたやつの言葉を、ぼくは無意識の内に反芻(はんすう)していた。

そうだ。おまえが世の中に対して抱いてきた様々な感情や情動。たとえば『嫉妬(しっと)』‥『軽蔑』『失望』『不信』‥『憎悪(ぞうお)』『怒り』‥‥‥‥‥
おまえの心の真ん中にある『ソラの空白』の‥その周辺に集まって来てしまったそうした有りと有らゆる感情の中の『邪念』が、この遠足世界を構築していく上でのファクター(因子)となっていったんだ。

そんなに‥ この遠足は、ぼく自身の邪念 邪心で汚(けが)れた世界だったのか?? ぼくには到底(とうてい)‥そうとは思えない‥‥
ぼくは、この遠足が好きだった。途中で中止にしたくはなかったし、いくつものアクシデントさえ何とか乗り越えてしまえると‥考えてた‥‥‥‥

おまえが、おまえの歪(いびつ)極(きわ)まりない心の、すぐにもどうにかなりそうだった『ストレス』に動かされて拵(こしら)えてしまった世界なんだろうからなあ。おまえ自身にはストレス発散の意味があるんだろうよ。
まったく、どれだけの人間が『この気持ちの悪い世界』を構築するために血を流していることか‥‥
おまえが『巨大迷路廃墟』と呼んでいるこの場所の外壁に、まるで処刑されたみたいに腹を裂かれて逆さまに吊るされた人達だけでも、今はもう数十人は下(くだ)るまい。

なっ、何だって!? 廃墟の外壁に吊るされている人間は、今こうしている間にも、増え続けているというのか?!

ああ。どうやらこの場所の外壁一周全部を、腹から内臓をはみ出させた死体で、隙間(すきま)なく埋めつくしたいらしい。おまえが『見知っている人々』の『変わり果てた姿』でな。

ぼくが見知っている人々だって??? そんなばかな!! 最初に吊るされた水崎先生と、次に吊るされた教頭先生はともかく、その後に吊るされた若い男女の二人は、このハルサキ山に車で近づこうとした通りすがりの人達だったはずだ!!

おいおい。おれが嘘をついていると思うんなら、今すぐここから外に出て、おまえのその目で確かめてみるといいさ。
何なら‥ 誰も彼も容赦なく人の腹を裂いて逆さまに吊るしている張本人(ちょうほんにん)で、おまえが『ヒトデナシ』と呼んでいる『ハラサキ山に棲(す)む魔物』にでも、直接聞いてみるかい?

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (277)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百三十二

ヤツの指摘した通り、ぼくの心の真ん中には『ソラの空白』が存在している。
しかし、ソラの形をしていてソラの輪郭を持つその空白は、ただの空白ではなかった。それはぼくの心持ち次第(しだい)で微妙に表情を変化させた。まるで生きているかの様にだ。
現実にソラを失ったぼくにとって、たったそれっぽっちのことだけでも大きな意味があった。例えば、仮に『人のあらゆる部分の細胞が溶け込んだスープ』があったとして、そのスープを『ソラの空白』に流し込んで満たしたなら、もしかしたらソラがもう一度この世に戻ってくるかも知れないという突拍子(とっぴょうし)もない夢を見させてくれる、そんな‥『秘めたる心の領域』となっていた。


おまえが悲嘆に暮れ、涙を流し続けるあまり、『ソラの空白』を知らず知らずのうちに心の真ん中に作り出し‥、育て‥、ついにはそれに価値さえ見いだしてしまったのは、考えるまでもなくおまえがソラを愛するが故(ゆえ)なのだろう。
だが『ソラの空白』と言えども、所詮(しょせん)空白は空白。それも心のど真ん中の空白だ。そんなものををそのままにした状態で、日々を何事もなく暮らしていけるわけがないんだ。

否(いや)‥ ぼくは暮らしてきたさ‥‥ 暮してきたんだ‥‥ セナと一緒に毎日、ソラに手を合わせながらな‥‥‥。
仕事もちゃんとしているし、セナとの時間も大切にしている。心に空白があるからって、病気になるわけでもないし、特別なことが起こるわけでもないさ。

何を言ってる! おまえはこの『遠足』を何だと思ってるんだ?! すでにおまえが壊れかけている立派な証拠じゃないか!
おまえが拵(こしら)えてしまったこの気持ちの悪い世界に渦巻(うずま)いている『邪心(じゃしん)』『悪意』は、全部おまえの心の中の『ソラの空白』が引き寄せてしまったものなんだ。
おまえの純粋な喪失感が心の真ん中に生み出した『ソラの空白』は、それが純粋な空白であればあるほどその周りの縁(ふち)に、逆に『純粋でないもの』、おまえの心のあちこちにすでにそこはかとなく眠っていた様々な『邪念(じゃねん)』を引き寄せ、集めてしまった。その結果のおまえの今の心全体の有様(ありさま)が、今回のこの『遠足』なんだよ!!

次回へ続く