ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (55)

最終話「夕暮れ」 その十二
中学生の兄が借りてきた図書、あかね書房「少年少女世界推理文学全集」(全二十巻)を、兄が許す時に少しずつ読ませてもらう事ができ、そうしているうちに私は、推理小説という読み物の虜(とりこ)になっていきました。

最初に読んだのは「シャーロック・ホームズの冒険」でした。
収録されていた話は、「バスカービルの魔の犬」「まだらのひも」「赤毛クラブの秘密」。「シャーロック・ホームズの冒険」は本来、出版されているシャーロックホームズシリーズ五つの短編集のうちの最初の表題ですが、それからは「まだらの紐」と「赤毛組合」だけが選ばれ、長編「バスカヴィル家の犬」がいっしょに一冊にまとめられていました。
「バスカービルの魔の犬」は小学生の私にはホラーストーリーに等しく、その怪奇趣味は、やや抽象的な表現の奇妙な挿し絵と相まって、私をぞくぞくさせ続けました。「まだらのひも」「赤毛クラブの秘密」も、提示された不可解な謎と意外な結末という「推理小説の醍醐味」を十分に味あわせてくれるものでした。

「赤い家の秘密/黄色いへやのなぞ」は、別々の作家の作品を、おそらく赤と黄の色のつく表題から一冊にまとめたのでしょう。しかしこれが大満足の二作品なのです。
「赤い家の秘密」は、「くまのプーさん」の作者A.A.ミルンが残した唯一の長編推理小説。作中に登場する素人探偵ギリンガムは、横溝正史の生み出した名探偵金田一耕助のモデルとなったと聞いたことがあります。
「黄色いへやのなぞ(黄色い部屋の謎)」は、フランスの作家、「オペラ座の怪人」の著者でも知られるガストン・ルルーの作品です。記者で探偵役のルールタビーユという極めて魅力的な人物が、「密室と犯人消失の謎」に挑みます。謎解きに衝撃を受けた記憶があって、大きくなってから別の版で読み直しましたが、やはり面白かったです。

あかね書房のこの全集が唯一の出会いだった(私の知る限り、日本での唯一の訳本の出版物)のが、ホイットニーの「のろわれた沼の秘密」です。アメリカの児童文学者であるフィリス・ホイットニーの、児童文学者らしい子供の好奇心冒険心をとらえて離さない傑作でした。

そしてこの時期、日常の中様々なものを思う私にもっとも衝撃を与えた一冊、も、あかね書房の全集の中にありました。
スティブンソンの「ジギル博士とハイド氏」です。

次回へ続く

ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (54)

最終話「夕暮れ」 その十一
「推理小説」や「名探偵」に興味を持ち始めたのは、小学校高学年の頃だったと思います。
最初は、なぞなぞの延長上の謎解きクイズでした。「名探偵入門」「あなたも名探偵」的な子供向けの本。古典的推理小説で使われたトリックを引用した短い読み物や、作品に登場してきた名探偵が紹介されていて、鳥打帽にマント、パイプに虫眼鏡という「シャーロックホームズ」定番のビジュアルは、この手の本で知りました。
推理小説の醍醐味のひとつである高度なロジックを味わうのはまだ先の話でしたが、提示された不可解な謎が解き明かされる時の快感は、何とも言えないものがありました。子供とはいえ、生活の中幾多の「答えの見つからない謎」に行きあたっていた私には、ある種カタルシス的な意味を持っていたのかもしれません。

私には三学年年上の兄がいて、私が小学校高学年の時にはすでに彼は中学に上がっていました。
そしてこの兄が、この時期、極めて重要な出会いを私にもたらしてくれます。

兄が中学校の図書室で借りてきた本、入れ代わり立ち代わり読んでいた二十冊からなる全集本がありました。
あかね書房刊の「少年少女世界推理文学全集」がそれです。
ポーの「モルグ街の怪事件」に始まり、ドイルの「シャーロックホームズの冒険」、クリスティーの「ABC怪事件」、クイーンの「エジプト十字架の秘密」、ミルン、ルルー、チェスタートン、カー、クロフツ、バンダインと著名作家名作が勢ぞろいです。他にもチャンドラーやハメットのハードボイルド、ハインラインやアシモフなどのSFまで網羅されていました。
さらに特筆すべきは、子供にとってあまりにも魅力的な本の装丁と、想像力を掻き立てる様々な作風の挿し絵が存分に織り込まれていた事です。

兄の机の上に置いてあったハードカバーの本。装丁に誘われるように手に取った私。
この瞬間、私は確かに「ひとつの深遠なる世界」への入り口の扉を叩いたのです。

次回へ続く