第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その七十七
風太郎先生の首が右から左へと‥‥、背丈ほどの高さの樹々の向こうを移動していた。
「そんな‥ バカな!!?」ぼくは呻(うめ)いた。
「なに?、何?、何が見えてるの?」興奮気味に高木セナが、ぼくの左肩に両手でしがみついてきた。双眼鏡を構えていた左腕が揺れて、双眼鏡の視界も上下左右に揺れた。
ぼくは彼女に何も返答せず、慌てて双眼鏡の視界を修正した。見え隠れさせている邪魔な樹々を追い越し、その左側の、遮るものが疎(まば)らになった少し開けた場所に焦点を合わせた。
すると案の定、待ち受けていた視界に、風太郎先生の横向きの首が入ってきて、はっきりと像を結んだ。
「えェェ???!」
ぼくは、更なる衝撃を受けていた。何と、風太郎先生の首に、続きがあったのだ。首の下に上半身がちゃんとあって、おまけに下半身も、欠けることなくその上半身にくっついているではないか。
「そんな‥‥ 有り得ない‥‥‥」ぼくは二度目の呻き声を漏らしていた。
風太郎先生の無残な死体を見たことのあったぼくには、先入観があった。芝生の上にそれを見つけた時、右腕と左手が切られて落ちていた。上半身と下半身は二つにちぎれていて、首は、ずいぶん離れたところに転がっていた。ぼくは、それらを全部一か所に集め、レジャーシートで覆(おお)って手を合わせたのだ。風太郎先生の首が、樹々の隙間にちらりちらりと見えた時、ぼくはてっきり『切断されていた首』だけだと思ってしまったのだ。
それがどういうことだ?? 双眼鏡が今、結んでいる像は、首だけではなく全部のパーツが繋がって動いている。自らちゃんと歩いて移動している様に見えるではないか‥‥‥‥
風太郎先生が 生き返った‥‥
芝生広場の例の窪地を通り過ぎた時感じた違和感の正体は、死体に掛けて置いたレジャーシートの、『死体分の厚みが足りなかったこと』だったのだ。
「やっぱり! 誰かいたのね!」呆然としているぼくに、高木セナが両手を出して双眼鏡を催促した。
ぼくは無言のまま、小刻みに震えている手で、彼女に双眼鏡を渡した。
高木セナは、今までぼくが見ていた位置を、的確に把握できていた。すぐに「あっ」と声を出し、「もしかして、風太郎先生?!」と言った。
「間違いない、風太郎先生だ! 風太郎先生、体中あんなに汚れちゃって‥、いったいどこにいたのかしら?」
風太郎先生が、無残に死んでいたことは、誰にも話していない。ぼく以外に知らない。そして、バラバラだった体が元通り繋がって、今動いている、この‥まったく説明のつかない『底知れぬ不可解さ』も、ぼくだけのものだった。
「ああっ? もう一人いる!」双眼鏡を覗き続けている高木セナが、上擦(うわず)った声を上げた。
「え?」思考を非現実的な現象に囚われていたぼくは、思わず声が出て、現実に戻った。
「風太郎先生が歩いて行く後ろを‥‥ついて行く。‥もしかして‥あれって‥‥‥」高木セナの、双眼鏡を覗く両目が、細まるのが分かった。そしていきなり、嬉々(きき)として叫んだ。
「いたよ!!見つけた! ツジウラさんだよ!!」
次回へ続く