第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その五十四
ぼくは、駐車場のトイレに隠れていた高木セナとタスクを、芝生広場西側の端の雑木林で待機している葉子先生たちと合流させた。
背中に受けた傷からの出血でかなり消耗している葉子先生ではあったが、「良かった‥。他の子たちもどこかに隠れていて、無事でいてくれると嬉しいんだけど‥‥‥」と、今にも消え入りそうな声で言った。
タスクの痛めた右足はどうやら捻挫(ねんざ)らしく、フタハとミドリが葉子先生の指示を受けて早速、タオルを使って足首を固定する応急手当をした。モリオもこの時は甲斐甲斐(かいがい)しく林の中で手頃な木の棒を拾ってきて、「これを杖に使うといいぜ‥」と言ってタスクに手渡していた。
高木セナは、ここに着いてすぐに知った葉子先生の様子にショックを受け、しばらくの間、先生の傍らに黙ったまま座り込んでいた。そして、その高木セナの後ろにいて、すべてをだだ静かに見守り続けていたツジウラ ソノの姿が、なぜか印象的だった。
とにかく、助けが来るまで、ここで待機しているのが良策だと思わせる状態ではあるが、警察や救急は果たしてやって来るのだろうか‥‥‥‥‥
「もう一度、あちこち行ってみる。もしかしたら他のみんなも、見つけられるかも知れない‥‥」みんなにそう言い置き、頃合いを見計らってぼくは立ち上がった。
雑木林を抜け出し、芝生広場に向かってさっさと歩き出す。すると案の定(あんのじょう)、高木セナがぼくの後をついて来た。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」ぼくは黙って、高木セナがぼくの横に並ぶのを許した。ついて来るなと言っても、どうせ彼女は聞きはしないだろう‥‥。そうやって二人でしばらく歩いて、雑木林が幾分遠ざかった場所まで来ると、高木セナは待っていた様に、初めて口を開いた。
「‥あのね、実はトイレに隠れていた時‥‥、また夢を見たの‥‥‥」
「ああ‥そうだろうと思ったよ‥」ぼくは少し呆れた口調で答えた。
「‥あのう‥それでね、ヒカリくんに聞きたかったの‥‥」
「ああ‥わかってるさ‥。夢の中でまた、ぼくが登場したんだろ?」
「う、うん!」横を歩く高木セナが、ビックリしたみたいに大きく頷くのが分かった。
「今度のぼくは一体、何を仕出かしたんだい?」ぼくはため息混じりに、おどけて見せた。
「う‥うん‥‥‥‥‥‥」彼女はそう言い出して、なぜか口ごもった。そしてそのまま黙り込んで、ついには立ち止まってしまった。
「どうした?」ぼくも立ち止まり、振り向いて彼女の様子を窺(うかが)った。
高木セナはこの期(ご)に及(およ)んで、明らかにもじもじしていたのだ。
そうして、振り向いたぼくに対して、顔を赤らめながら絞り出した言葉は、こうだった。
「わたし‥‥ ヒカリくんと‥‥‥ 結婚するの?」
次回へ続く