第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その四十四
林の中の道の途中、行く手を阻む『ヒトデナシ』に果敢に突進していったタキとアラタ。その行動をただ見届けることしかできなかった残された五人が、突然目の前を通り過ぎて行ったモンシロチョウの群れに目を奪われ、彼らが立つ道の前方で繰り広げられたはずの言わば『決定的瞬間』から図らずも目を離してしまった。
しかしそれは僅か、ほんの二、三秒の間だったらしい‥‥‥‥‥
「あれ?どこ行った? あれれれれ??」モリオが、上擦(うわず)った声を出した。「タキは?アラタはどうなったんだ? あの『男』はどこ行った?‥‥」「‥‥みんな消えちゃった」ツジウラ ソノも呆然とした様子で呟く。互いに硬く抱き合っていた三人の女子達は、全員引きつった表情で、周辺のあちこちに隈(くま)なく目と首を動かしていた。
だが‥どこにも、誰もいない。ついさっきまで誰かがいたと感じられる‥草の葉一本、石ころ一つの微かな痕跡すら発見できなかった。
五人が五人とも揃って目を離してしまった隙に、タキとアラタと『ヒトデナシ』までが、忽然(こつぜん)と消え失せてしまったのだ。
「こ‥これってもしかして‥‥、神隠しってやつか?」モリオが、ぼそりと言った。
「何それ?タキくんもアラタくんも、死んじゃったってこと?」モリオの言葉に反応したのは女子達だった。「先に進んだら、私たちも神隠しになるの?」「いやだ!いやだもう!」一人がべそをかいてその場に座り込んでしまった。他の二人もつられて座り込む。「‥‥‥‥‥‥」ツジウラ ソノだけが、ただ無言で立っていた。
結局そのまま、彼らは林の中の道の途中で、まったく身動きが取れなくなってしまったらしい。
事態が‥さらに複雑になったのは、しばらくしてやはり林の中の道を芝生広場から避難して来た生徒十数人の後発の一団が、彼らと合流してからだった。
「この道の先に行ったら、また『犯人』が待ち伏せしていて、何か恐ろしい目にあうかもしれないんだ‥」と立ち往生(おうじょう)していたモリオたちが説明するのに対して、後から追いついた一団の一人が、「この道を行って、芝生広場からできるだけ遠くへ離れなさい‥って葉子先生が言ったんだ‥‥」と、すっかり青ざめた顔で訴えた。「それに『犯人』はずっと、たぶん今も芝生広場にいるはずだし‥‥」別の一人が付け加える。
モリオは反論する。「いや、さっきは確かにこっちにいたんだって。本当だよ!」
そこにいる全員が黙り込んでしまった。お互いがお互い、嘘の情報を言っているとは思わなかったが、妥協するわけにもいかなかったのだ。
「私、広場に戻って‥‥、葉子先生に報告してくる」沈黙を破って、そう提案したのはツジウラ ソノだった。
「そうだな、それしかない。‥‥俺も行くよ」モリオが賛成し、同行を申し出た。
この膠着(こうちゃく)状態を一刻も早く解消すべく、みんなをそこに残して早速、二人は芝生広場への道を戻り始めた。
「急ごう!」そう言ってツジウラ ソノが走り出し、「やっぱ走るんだよな‥」と、同行を申し出た事を少し後悔したみたいに呟いて、モリオが後に続いた。
百メートルほど走って‥‥、モリオが、同行を申し出た事をかなり後悔し始めた時、なぜか理由も無くほとんど無意識に、走りながら後ろを振り向いたそうだ。そして彼はその時、道の途中に残してきた、遠ざかって小さくなっていくみんなの中に紛れた‥‥、とんでもないものを見つけてしまったのだった。
次回へ続く