第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その二十七
頭で考えていたほどの時間を要する事もなく‥‥ぼくは目的地に到着していた。
ずっと‥『こんもりした緑の小山』と呼んでいた場所‥‥‥‥。
しかしその頃には厚い雲が空全体を覆(おお)い、辺りもすっかり日陰の領域に飲み込まれていて‥‥、目の前の『緑の小山』は、得体の知れないどす黒い塊(かたまり)に見えた。
数メートルの距離を置いて、しばらく足が竦(すく)んで動けないでいた。
小学二年生の今のぼくの目線に対してまるで立ちはだかる『壁』の様にそれはそびえている。たくさんの樹木が密集した膨(ふく)らみで構成されているのではなく、ツタの葉でびっしりと埋めつくされた垂直に立った面(めん)の連なりで出来ていて、その平らさは明らかに人為的な匂いがした。
「どうやら間違い‥‥なさそうだな‥‥‥」
ぼくはゆっくりと近づいていった。恐る恐る『壁』に手を伸ばし、ツタの葉をそっと搔き分けてみた。
葉と葉の隙間から垣間見えたのは、古びて黒くくすんだ木の板。予想通りだ。ぼくは掻き分けていた辺りの葉を両手で鷲掴(わしづか)みにして、蔓(つる)ごと勢いよくむしり取った。
ブチブチッ!ブチリ!ガサガサガササァァー ー
頑丈(がんじょう)そうな木の板を張った正真正銘の壁が現れた。巨大迷路の仕切りであり、外壁である。
閉鎖されてから長い年月が経過しているはずだが、全く朽ちた様子は見られなかった。
「イメージ‥通りじゃないか‥‥」ぼくはどこから湧いて出たとも知れない、謎の感慨に浸っていた。
迷路の外壁を含めた仕切り壁の高さは2メートルあまり、まだツタに覆われていて確認はできないが、中央に山の頂(いただき)のごとく突き出ている部分は、展望櫓(やぐら)であろう。
この壁伝いに右に行けば、やはりツタの葉に隠れているだろうが、巨大迷路の入口と出口が隣り合った場所にあるはずだ。そして左に歩いて行って角を回り込めば‥‥‥‥‥
「角を回り込めば‥‥迷路の北側‥‥」林の中の道から見えていた、『赤い花』が咲いていたはずの場所である。
ずっと気になっていたのだ。直ぐに確かめようと思った。
だがここまで来てみて、胸を不吉な予感が満たした。‥否、違うな。最初からだ。赤い花を遠目で見かけた時から、ずっと嫌な予感がしていたのだ。嫌な予感がしていたからこそ、確かめなくてはいけないと思い続けていたのだ。
「さっさと確かめてしまおう。時間がないんだ」自らを鼓舞(こぶ)する様にそう口走り、ぼくは左に向かって歩き出した。壁伝いに行き、角を曲がる時、北側の壁全体がすぐに奥まで見渡せるようにと、大き目に膨らんで回り込むみたいにして曲がった。
ぼくは曲がった。そして‥‥‥‥‥足を止めた。
大きな『赤い花』‥‥が咲いていた。
次回へ続く