悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (117)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その四

「ハルサキ山だろ‥」今さら何を言ってるんだど呆(あき)れた様子で、モリオが答えた。
「ハルサキ‥ヤマ?」ぼくはモリオの言葉をゆっくりとなぞった。
初めて聞く地名だと思ったが‥‥‥、なぜか心のどこかが微(かす)かにざわつくのを感じた。

「‥どういう字を書くの?」
「親への連絡メールとかプリントには、カタカナで『ハルサキ』、そんでもって漢字で『山』て書いてあったよね。ヒカリは見てないの?」
「そうだっけか‥‥・」メールもプリントも記憶になかった。ぼくは、口には出さずにその地名を何度も反芻(はんすう)してみた。気のせいだろうか、やはり何か嫌なイメージがつきまとう。
「どんなところだろ?行ったことある?」
「行ったことはないけど‥‥山と言ってもそんなに高くなくて、ヒョウコウ(標高)は100メートルくらい。見晴らしのいい場所は芝生の広場として整備されてて、ちゃんとトイレも水道もある。つまり安心して自然とふれあえるところさ」
「そうプリントに書いてあったの?」ぼくが指摘すると、モリオは少しだけはにかみながら頷(うなず)いた。
「プリントに書いてないことだって知ってるよ。家(うち)のお父さんが子供の頃には、フィールドアスレチックの施設があったんだって。目玉は本格的な巨大迷路で、オープンしてしばらくはけっこうにぎわったって言ってた。でも四、五年でつぶれちゃって、今ある公園みたいなところはそのなごりだってさ」
「フィールド‥アスレチックか‥‥」ぼくがさっき感じた何かの嫌なイメージが、その潰(つぶ)れた施設と関係があるのかも知れないと考えを巡らせてみたが、答えは出なかった。
「巨大迷路はやってみたかったな。お父さんはやったって言ってたんだ」モリオは羨(うらや)ましそうに話し始めた。「入場料を払うとタイムカードを渡されて、迷路の入口の機械にカードを差し込んで開始時間を記録するんだって。出口にも同じ機械があってそこでカードに記録し終えると、迷路を攻略するのにどれだけ時間がかかったかがわかるんだ。20分以内の速い記録を出すと景品がもらえて、名前をはり出してもらえたらしい。残念ながらお父さんの記録は1時間9分だったみたい。全然ダメだよね」モリオが笑い出し、ぼくもつられて笑った。
実はモリオの話を聞いていた間、ぼくの頭にはどういうわけか巨大迷路のイメージが割と具体的に浮かんでいた。それは、素朴な木材で頑丈に作られたまるで木の砦(とりで)と言った様相で、迷路を構成している仕切り壁は2メートルほどの高さのあるものががっしりと連なっていた。
きっとモリオにつられて笑ってしまったせいだろう‥・。なぜそんなイメージが浮かんでいたのか、その瞬間のぼくはあまり深くは考えなかった‥‥‥‥‥

次回へ続く