悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (108)

第三夜〇流星群の夜 その二十二

自分自身の好奇心を邪魔させない為にわずかに場所を移動して、彼女と寄り添った形で再び腰を落ち着けた植え込みの陰の茂みは、思いのほか居心地が良かった。どこか彼女と二人で密やかなデートを楽しんででもいるみたいな、そんな気分にさせてくれた。
僕はすでに硬くなっている彼女の背中に再び手を回し、優しく‥・しっかりと引き寄せた。

見上げるのは北の星空。北極星を中心に反時計回りに回転移動していく星々の軌跡をはっきりと目で追う事ができる。南の空で感じた時の移動速度よりもさらに上がっている。つまりは、僕自身の時間の流れが外の世界の時間の流れから遅れていっていて、刻々とその差が開きつつあるのだ。
僕は、中学生の頃に何度も足を運んだプラネタリウムの映像を思い出していた。天球のスクリーンに映し出された星々。ゆっくりと変化していく星空にあわせて、控えめだが印象的な解説のアナウンスが場内に染み渡る‥‥‥。
「丘の上のプラネタリウム‥‥・。今夜は僕ら二人だけの貸し切りみたいだ」僕は彼女に囁(ささや)きかけていた。まるでプラネタリウムでのデート中、隣のシートでうたた寝している彼女に少しだけ腹を立て、こっそり小声で起こそうとしてるたみたいに‥‥‥‥。
彼女が目を擦りながら、申し訳なさそうに起きてくる事はない。それは知っている。彼女は僕よりも先に時間が止まり、僕が後から追いつくのを静かに待ってくれているのだ。ずっとこのままでいいと思った。しかし、やがて彼女の体からも、さらには僕の体からも放射線が出始めるのだろう。誰かに発見されて放射性廃棄物として回収されれば、彼女との丘の上でのデートはそこで終わってしまう‥‥‥‥‥

外敵から自らの身を守る『毒を持った蛹(さなぎ)』。そもそもなぜ、石の様に硬くなった謎の病の発病者の体から、しばらくして危険なレベルの放射線が検出される様になるのか?
病状の進行を、僕は自らの体でこうして体験しているわけだが、そこにあるのはどう考えても自分と外の世界との時間の流れ方に差異が生じているだけである。発病者の時間の流れの変化に未知の放射性物質が介在(かいざい)していて、それが放射線を出しているなどとは到底思えない。
ぼんやりと今、頭に浮かんだ自論だが‥‥・、時間の流れ方の違う内と外、つまりは発病者の体とそれに接している外界との時間の流れ方の差異によって生じる摩擦が原因ではないだろうか?
もともと自然界には様々な放射性物質が存在していて、我々は微量ながらも絶えずその放射線にさらされている。二つの違う時間の流れに摩擦が生じていき、例えば摩擦による静電気によって塵(ちり)や埃(ほこり)が引き寄せられて付着してしまうみたいに、自然な環境の中に存在している放射性物質が徐々に引き寄せられていき、発病者の体の周辺に集まってしまう。本来なら危険なレベルではない放射線が、原因物質が次第に集まり濃縮されていく事で、危険なレベルにまで跳ね上がってしまった‥‥と。

プラネタリウムがいつもそうだった様に、星々が西に沈み、やがて東の空が白み始めて明るくなり、投影は終了して行く。
実際、東の空が白み始め、あっと言う間に夜明けが来た。

次回へ続く

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