悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (57)

第二夜〇仮面 その一

前を歩いていた実奈(ミナ)が、食べ終わったお菓子の包み紙をポイと道端に捨てた。
後ろをおまけみたいに歩いていた私は、その包み紙をすぐに拾い上げた。

自分でも嫌になってしまう‥‥。こんな事をずっと続けている。見過ごせないのだ。これは、私を縛り続ける鎖のひとつ。

小学四年の時、図工の授業で、いろいろなメッセージをポスター風に描く課題があった。私は「ゴミのポイ捨て禁止」の絵を描いたのだが、それがどういう経緯からか市役所のロビーに、私の名札と共に貼り出された。
以来私は、「ゴミを捨てない女」、「ゴミを捨てることが許されない女」になったのだ。そして更には、「ポイ捨てゴミを見過ごせないでゴミを拾う女」に昇格した。
高校二年の秋。地元を離れて、こうして修学旅行先の馴染みのない観光地を歩いていても、相も変わらずそれをやっている。

屑入れは何処だろう?‥手に包み紙を持って、私は辺りを見回した。
何せ始めて来た場所で右も左も分からない。ただ、両側に土産物を売るお店や食事とかお茶ができるお店がずらりと立ち並ぶ一本道が続いているだけなので迷う心配はなさそうだ。
それにこの道行きにそもそも私の主導権は無いのである。「自由行動」を共にする前を行く五人の同級生に黙ってついて行けばいいのだ。

「あっ!見て見て!あんなものがある」先頭を歩いていた文音(アヤネ)が指をさして叫ぶ。
「やったね!」その横、さっきからスマホをかざしてあちらこちらの風景をデータに収めていた凪子(ナギコ)が小躍りする。
「へーえ‥」「‥すごいね」興奮する二人のすぐ後ろを歩いていた沙織(サオリ)と陶子(ト-コ)があからさまに気のない返事をしてみせた。
そのさらに後ろ、私の前を歩いていた実奈はと言うと、いつもの彼女らしく格別何の反応も示さずあさっての方向を見ている。
最後尾にいた私は、何があったのかを前の五人越しに確かめるべく首を伸ばし、赤べこの如く上下左右に忙(せわ)しく動かした。
右前方、軒を連ねていたお店が途切れて、観光バスも入れそうな広めの駐車場がぽっかりと出現していた。その突き当たりにポツンと建っているカラフルな看板の様なものが見て取れる。どうやらそいつが、文音と凪子を興奮させているものらしい。

『アニメ 天と地と僕と ゆかりの地』
建っていた看板にはそう書かれていた。その正体は、観光地や商業施設などで時々見かける「顔出しパネル」であった。アニメ「天と地と僕と」に登場するキャラクターが描かれ、その顔の部分が切り抜かれて空洞になっている。
早速文音と凪子はスマホのカメラにそのパネルを収めながら、「思ってたよりも良い出来」などと評価している。沙織、陶子、実奈と私は、そんな彼女達を遠巻きに見ていた。
修学旅行の自由行動でここを選んだのも文音と凪子。彼女達の熱狂するアニメ「天と地と僕と」の主人公「ワタル」が異世界に迷い込むきっかけとなった場所のモデルがどうやらこの地らしく、二人の目的は所謂(いわゆる)「聖地巡礼」であった。
あまり‥、否(いや)まったく興味の無かったグループの私を含めた残りの四人がこの選択に異を唱えなかったのは、「別段、行きたい場所が他に見当たらなかった」と言う、極めて消極的で在り来たりな理由からであった。

「これがワタルでしょ。まわりにおわすのが四家四獣神の方々ね」
「ねえ!みんなこっちに来てよ、記念撮影するよ!」
文音と凪子が手招きしている。すごすごと私たちは従った。
「私、ワタルやっていい?」「だったら私は四獣神の紅一点、サキがいい!」当然の事ながら、まず文音と凪子がポジションを決めた。残った顔出しの穴は三つ。
「できれば‥男臭い獣神は避けたい‥‥」ぶつぶつ言いながら陶子が、続いて何も言わずに実奈がパネルの後ろに回った。残った穴は一つ。沙織も後ろに回ろうとしたので、出遅れた私は自分の運命を悟って‥‥・こう言った。
「じゃあ、私が撮るね」

これが私の‥‥常日頃のポジションである。

次回へ続く