悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (35)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その二十

「あれが‥‥‥私なの?‥‥」

自分の席は忘れていても、いつも見ていた委員長の席だけは忘れようがなかった。俺はポケットの中の紙を見せるピンチから逃れるため、今折れ曲がって変形したものが委員長の人形であることを彼女に教えた。
委員長はそれを聞いて、興味津々の表情で机に近づいていった。
俺は胸を撫で下ろし、委員長の後ろに付き従う振りをして、ポケットから取り出したクシャクシャになった紙の塊を一番近くの机の中に素早く放り込んだ。

「頭が‥大き過ぎたのよ」
隠ぺいを終えてすっかり落ち着いた俺は、委員長の肩越しに人形を見た。
まったく、委員長の言う通りだった。俺が作った‥らしい委員長の人形は、頭の部分に粘土を盛り過ぎたせいで胴体がその重さを支えきれず、突っ伏した形に折れ曲がったようだ。他の人形たちと比較して、この人形だけ随分と出来の悪い造形に見えた。
俺は不思議な気がした。そんな筈はないとも思った。机に近づき、改めて人形を観察してみる。
「私‥・あなたに嫌われてたみたいね」委員長が苦笑いをしている。
「‥‥‥‥‥‥」俺は、黙り込むしかなかった。

俺は委員長に憧れていた。それは間違いない。
実際に人形を作った記憶は持ちあわせていないわけだが、委員長の長くて綺麗な髪を懸命に再現しようとした‥・と言うよりも、そこには別の原理法則、あるいは独特の執着が作用して作られた痕跡があった。
粘土がデリカシーの欠片(かけら)もなく、強引かつ執拗に頭の部分に盛られていっている。
「何を‥慌てて‥・いるんだ‥‥‥‥‥」そんな言葉がつい、口を衝いて出た。
「どういうこと?」
「‥いや‥‥何でもな‥‥‥‥‥」そう言いかけた時、あの日の記憶が鮮明に甦(よみがえ)った。

六年生の夏休みが終わって最初の日‥‥‥‥
下校前の掃除の最中、俺は虫を仕入れるために校舎と体育館の間にある中庭にいた。簀の子の板が敷いてある渡り廊下から外れて下草に足を踏み入れた時、葉の茂った桜の木の陰に委員長が立っているのを目撃した。
意外に感じた俺は、彼女に気づかれないよう慎重に近づいていった。

委員長は、体育館倉庫部分の暗い窓を覗き込んでいる。何を見ているのかと俺はさらに近づく。
委員長はその日初めてお披露目した深い青色のヘアバンドに手を添えながら、首を右に左にと動かしている。目線が窓を向いたまま動かないのを見ると、どうやら暗い窓を鏡代わりにしてヘアバンドの位置を直しているらしかった。
俺は息を殺してそれを見ていた。実は、見とれていたのかもしれない。

結局、位置が気に入らなかった様子で、委員長は手を頭のうしろに回してヘアバンドを解いた。
外したヘアバンドを整え、付け直そうと彼女が小首を傾(かし)げた瞬間だった。俺は奇妙なものを目にした。
委員長の頭の左こめかみのやや上の部分に、直径2センチほどの白く丸いものが見えたのだ。

それが‥‥はげ‥・であることに気づくのには‥‥‥しばらく時間が必要だった。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (34)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その十九

委員長による検証は続いていた。

「この教室まで辿り着けたのは、あなたの判断が正しかったからね。地下へ通じる階段を見つけることができた。その時のあなたの言葉が印象的だったんだけど‥‥覚えてる?」
「‥‥‥‥何か‥言ったっけか‥」俺は思い出せなかった。
真っすぐ俺を見ていた委員長の目の焦点が、俺の後方へ通り抜けていく感じに見えた。委員長が思い出していたのだ。
「ここが‥‥何かを隠したり‥封じ込めるために埋められた場所ならば‥‥‥‥‥、肝心なものは‥‥俺ならもっと深い所へ‥埋めるだろう‥‥」
俺は黙って聞いていた。委員長の目の焦点が、俺の顔に戻って来た。
「‥違うかしら?」
「いいや‥‥たぶんそんなことを言った気がする」
「この教室のこと、そもそもこの校舎が埋められてたことにあなたが関わっているのは間違いなさそうに思うけど‥‥それは認める?」
俺は、ゆっくりと頷いた。その反応に納得したように、委員長も頷いて見せた。
「私が気になったのは、あなたが、何かを隠したり封じ込めるため‥と言ったこと。タイムカプセルなら、長い時間が経った後で掘り返すことを前提としてるから、隠す‥とか、封じ込める‥とは表現しないはずよ」
委員長の指摘は、なるほど‥と相槌を打ちたくなるくらいに俺を感心させた。
「あなたは‥‥この校舎と一緒に、いいえこの校舎ごと地中に埋めることによって、何かを葬り去ろうとした。その行為は、校舎を埋めた自覚や記憶すらも道連れにするほど徹底したものだった‥‥‥‥」委員長はそこまで言い終えると俺を見つめ、俺自身に台詞(せりふ)の続きを促すように、軽くあごを上げた。

「‥‥だから、何も憶えていない‥‥‥‥と」俺は、言った。
委員長は、返事の代わりに今度はあごを引き、微妙に口角を上げた。

「確かにそう考えると‥‥説明がつきそうだ。でも結局俺は、何も憶えていないんだぜ‥‥‥‥‥」
「だったら‥どうかしら、この校舎に入ってから何か思い出したことはない?たとえば、急に付きまとってきたイメージとか‥‥‥」
それは‥・あった。俺自身が校舎を埋めたかもしれないと考え出したのも、そのひとつかも知れない。そして‥‥‥‥‥‥
「ねえ、ずっと気になっていることがあるんだけど‥‥聞いていい?」
「‥ああ」
「ここへ来る途中の廊下で、あなた、壁に貼ってあった書道の作品を一枚はがして、ポケットにしまったわよね。あれはどうして?」
「あっ‥」俺は慌てた。委員長には気づかれてないと思っていたが、見られていたのだ。慌てて繕う。「あれは‥‥‥書いてた内容にあまりにも腹が立ったんで‥つい‥‥‥‥」
「何て書いてあったの?」
「えーと、何だっけか?‥‥」
委員長は俺のズボンのポケットを指差し、見せろと言うようにその手を広げた。
まずい事になった。全身から汗が噴き出した。俺はとりあえずポケットに手を突っ込んでみたものの、そのまま取り出せずに固まってしまった。

と‥その時である。教室の真ん中辺りでボタリと音がした。
委員長と俺は振り向いた。

見ると、席に座っていた人形の一つが背中の部分で折れ曲がり、突っ伏す形で机の上に頭が着いてしまっていた。
「あら、可哀そう‥‥・いったい誰の人形かしら?」委員長が言った。
俺にはその人形が誰なのか、すぐに分かった。
それは紛れもなく、委員長を模(かたど)った人形だった。

次回へ続く