第四話「死体」 その二
見事に一刀両断された頭が一列に幾つも並べられます。辺りには腹を裂いて、湯気の立つ内臓がドロリと出てきた時の独特の臭気が未だ立ち込め、洗い流された血で海水が一面真っ赤に染まっていくのです・・・・
これは私が幼い頃から幾度となく見てきた、町の港の市場にゴンドウクジラが水揚げされた時の光景です。
町は「古式捕鯨」発祥の地でもあり、私が小学校の頃も近海での捕鯨が脈々と続けられていました。
足が速く船首に銛(もり)の発射台が装備されたキャッチャーボートが現役で稼働していたし、独特の方法で行う「追い込み漁」も盛んに行われていました。クジラが音に敏感であることを利用します。群れで行動している小型のクジラの集団を小型船数隻で取り囲み、「船のヘリを叩いて音を出す」事で巧みに誘導していき、港の湾や近くの入り江に群れごと追い込んで網で囲い込むのです。
クジラは大まかに「歯クジラ」の仲間と「髭クジラ」の仲間に分けられます。
前者は主に小型のクジラでゴンドウクジラもそれです。字のごとく口に歯がありイルカやシャチなども含まれます。マッコウクジラがこの仲間では最大の大きさ。
髭クジラは大型で、上顎に板状の髭が縦に並んでいてオキアミ(小エビ)など海中に漂う群れをそのまま口の中に入れ、海水だけを吐き出す方法で捕食します。ミンククジラやセミクジラ、ザトウクジラ、ナガスクジラが有名です。シロナガスクジラは哺乳類最大の大きさです。
近年「捕鯨」は保護の観点から世界的に全面禁止に傾く現状ですが、それはまたの機会に触れる事として、古来からクジラは町を潤す貴重な食料で、肉や内臓、皮にいたるまで「捨てるところがない」といわれていました。牛肉などが高価だった頃のタンパク源として、全国の学校給食でも利用されました。
当時私が見ていた光景もクジラが哺乳類であり高い知能を持つという事を除けば、マグロやサメなどの魚の解体と何ら変わりはなかったのです。
ただ港の海面を染めていく真っ赤な血の色彩は、幼い私に強烈なイメージを与えたことは間違いありません。
次回、別冊付録の予定です。