悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (264)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百十九

「車内の床やシートが血まみれの送迎バス。その運転手が大人のヒカリさんだったことに、今は何か心当たりが‥ ある?」

セナの容赦のない質問を受け、ぼくは苦笑いをしてしまった。
「‥‥心当たりが、ない? ではなくて、心当たりが、ある? ‥て訊(き)くんだな」
「そうね‥ 確かにそう訊いた」
「つまりぼくが、何か隠し事をしてると思ってる‥‥」
「ええ 思ってる」 受け答えも容赦がなかった。

「‥わかった。正直に言うよ。実は、ぼくが君の見た夢から今‥思い当たるのは、決して良い未来だとは言えないものだった。だから、言わずに黙ってた‥‥‥」
「そうだったの」 セナは、「やっぱり!」と言う声も聞こえて来そうなほど納得した様に頷(うなず)いた。「でも、それじゃあ約束と違う。『私の夢の意味』については、感じることは何でも隠さず、二人で意見を交換し合うって決めていたじゃない」
「ごめん。約束を破るつもりはなかったんだ。『血まみれ送迎バスの夢』の話を聞かされた時、君の意識はまだ、小学二年生だった。ふたりで約束を交わしたのは、大人になって結婚してからだったので、君はまだそれを知らないはずだと考えてしまった‥‥‥‥」

ここで説明しておくと、セナの予知夢には『解釈の問題』がいつも付いて回った。
夢の内容が抽象的であることがほとんどで、その意味を知るには適切な解釈が必要だったのである。解釈が間違ってしまえば、予知夢の本当に意味していた未来とはまるで正反対の結論を出してしまうこともあったのだ。また、象徴的でもあって、例えば『テーブルの上に置かれたさり気ない小物一つ』が、これから起こる未来の全てを暗示していたこともあって、夢の中の細かなところまで注意を払わねばならなかった。

「だったら、今言って!たとえ良くない未来であっても、言ってみて! 私の意識はもう大人で、あなたのパートナーなんだから!」 セナは、小学二年生の風体の何もかもをどこかへ追いやってしまう勢いで、捲(まく)し立てて来た。
「わかったよ‥」 ぼくは彼女の言葉を受けて、まるで『親に叱られて観念した小学二年生』みたいに渋々承知した。

「ぼくが大人の姿をした‥送迎バスの運転手だったのは‥‥、遠足に参加したみんなを助け出して迎えのバスに乗せ、このハルサキ山から脱出させようとしていることを表しているんだと思う。しかし‥‥・」 ここでぼくは言葉を切った。透かさずセナが続ける。「しかし、バスの車内は誰一人乗ってない‥‥」
「ああ‥ 君以外はね‥‥」「それに‥」「ああ、それに‥、バスの中はリュックとか帽子とかが散乱し、シートも床もそこいら中が血まみれだ‥‥‥‥‥‥」
セナがいつの間にか、悲しい表情をしていた。
「つまり、ぼく達がみんなをここから連れ出してハルサキ山から逃げ果(おお)せることは出来ない。ぼく達の目論見(もくろみ)は、見事(みごと)失敗に終わるという‥暗示だ」

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (263)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百十八

ぼくは、この遠足に来られて嬉しかった。‥‥嬉しかったんだ。
自分が、いろんな事から解放される気がした。遠足に来てる間だけでも、のんびり羽を伸ばせるんだと思った。

ソラが死んでからというもの、その余りにも重たい現実に押しつぶされそうな毎日を送って来た。
幾度、何もかもをやり直せたらと思ったか、知れなかった。
この遠足は、そんな自分を、遠足に来ている間だけでも解放してくれたのだ。

きっと‥‥ 生前のソラと‥ベッドの横で交わした冗談めかした約束が、叶(かな)えられたに違いない。
ぼくと妻のセナと、小学校へ上がる前の幼いソラと、そして気の知れた周りの大人達とみんなで、小学校の同級生として、遠足に行くという約束‥‥‥‥
奇跡が起きて、その約束が叶(かな)えられたのだ。だから、ツジウラ ソノは ソラ なのだ。ツジウラ ソノは、ソラでなくてはならないのだ。
セナは半信半疑のようだし、ぼくも、確かめる必要があると‥話を合わせて上辺は装っているが、本当はすでに固く信じている。なぜなら、遠足に来たおかげで解放されたか、あるいは徐々に解放されつつあるぼくの心が、ツジウラ ソノが ソラである ことを強く語りかけて来るからだ‥‥‥‥‥‥

ぼくはこの先の行動が、解放されてきた心が指し示す方向へと、自(おの)ずと導かれて行くであろうことを予感している。


「今いるこの場所が、本当の巨大迷路廃墟ではなくて‥‥、たとえ『ヒトデナシ』が用意した罠が待ち構える空間だとしても、ぼく達は前に進むしかないんだと‥‥思う」
ぼくは、セナの目線を避けるように辺りを見回しながら、ゆっくりと言った。
「ぼく達はもう、飛び込んでしまったんだよ‥‥‥」
「‥‥‥そう‥ね」 セナは、辛(かろ)うじてといった感じで返事を寄越した。

「行きましょうか‥」
「ああ‥」
セナは手を繋ごうと、右手をぼくに差し出した。ぼくも自分の左手を出して、彼女の右手に合わせ、受け止めた。

ぎゅうっ‥ッ
受け止めたセナの手に、思わぬ力が込められた。ぼくの手を力一杯握ったのだ。
「えっ?」 ぼくは驚いて咄嗟(とっさ)に顔を上げ、セナの顔を直視した。直視してしまった。
それは、彼女の仕掛けたちょっとした罠だったのかも知れなかった。
ぼくとセナの、目と目が合った。彼女はそれ以上ない、真剣な眼差しをしていた。

「ヒカリさん!正直に言って! 私に何か、隠していることはない?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 ぼくは、黙り込んだ。黙り込んだままでいた。
「だったら質問を変えるわ! ヒカリさん! 私が芝生広場に着いてから見た‥夢の話は覚えてる?」
「‥‥‥‥‥ あぁ」 ぼくは、消え入りそうな声で言った。

セナは容赦なく、続けた。
「車内の床やシートが血まみれになった送迎バス。その運転手が大人のヒカリさんだったことに、今は何か心当たりが‥ ある?」

次回へ続く