悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (300)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百八十五

「 赤・い・花‥‥か 」 ぼくの口から、嚙みしめた様な言葉が漏(も)れた。
ハルサキ山を目指していた林の中の道すがら、木々の枝葉の隙間からチラリと覗(のぞ)いた、遥か前方に幽(かす)かに咲く‥一輪の『赤い花』‥‥‥
「確かにそうだった‥。遠足の序盤に垣間見た‥あの『赤い花』への好奇心が、その後のぼくを動かしていったんだ‥‥ 」

「 その通りだ。『おまえのヒトデナシ』は、排除した水崎先生の体を迷わず巨大迷路廃墟まで運び、腹を裂いて血にまみれた臓器を露出させ、『記念すべき最初の一体、もしくは最初の一輪?』として廃墟の外壁(そとかべ)に逆さまに吊るしたんだ。場所はもちろん決まっていて、廃墟の西側の外壁の真ん中辺りにだ。そこ以外だと、その時おまえが歩いていた林の中の道からは死角になってしまって、まったく見えないからなあ‥ 」

「 ‥‥そっ そうだったのか‥‥ 」 ぼくはしみじみと納得していた。ハルサキ山の芝生広場に到着してからも『赤い花』の残像は、ぼくの脳裏から決して消え去ることはなかった。結局、ぼくはその花を求めて探しまわるうち、様々な事態に遭遇し、振りまわされていくことになる。

「 クッ クククッ‥ 」 すると突然、ヤツの『葉子先生の顔』が歪(ゆが)み出したかと思うと‥ 「 グッハッハッハッハハァ ハッハッハハアァ! 」 豪快な高笑いがはじまった。

「 なッ 何がおかしいんだ!?? 」 ぼくは呆気(あっけ)にとられた。何よりも、葉子先生の高笑いする顔を初めて見た。

「 いや、すまない。 あまりにも滑稽(こっけい)だったものでね‥ 」

「 滑稽? だって?? 」

「 だってそうじゃないか。おまえはこの世界を拵(こしら)えておいて、さらにはここで起こることのシナリオまで描いておきながら、そのほとんどを『自覚』できないほどにどこかへ押しやってしまっている。それでもって、この世界の中に飛び込んで、まるで『知らず知らずのうちに巻き込まれてしまった、通りすがりの第三者』のごとく振る舞っているわけだからな。こいつはどう考えたって、笑ってしまうほど滑稽じゃないか! 」

「 ‥そう‥ か‥‥‥‥‥ 」 ぼくには、返す言葉が見つからない。

「 おまえが、この世界のこの遠足に求めたものは‥‥、蟠(わだかま)ってこじれてしまった数々の後悔の念や、もはや正しい意味ももたず無差別に先走って行く復讐心からの、自己の解放だったのかも知れない。なぜならおまえはこの遠足を、何も知らない善良な者として、徹頭徹尾(てっとうてつび)楽しもうとしてるんだからなあ。 まるで、今のおまえの心情は、例えるなら‥‥‥ 」

「 たっ‥ 例える‥なら?? 」

「 すでに明日の死を覚悟した者が、今日という一日を、何事にも左右されず邪魔させず、悔(く)いなく生き尽くそうとしている‥‥ といったところだ‥‥ 」

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (299)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百八十四

「 おまえは気づいていないようだが‥ 」と言う、ヤツの指摘は正しかった。
忘れている何かの記憶を思い出そうとした時、恐らくは精神的な作用によって耐え難い頭の痛みが襲ってくるということを幾度となく繰り返すようになっていた。その『頭痛』が、事実ここしばらくの間、すっかり鳴(な)りを潜(ひそ)めていたのだ‥‥‥‥

「 ‥まあ、いいさ 」 固く氷の様に黙り込んでしまった僕を見て、ヤツが言った。 「 おまえがいつまでたっても『自覚』しなくても、物事は着実に進行しているということだ。まったく『おまえのヒトデナシ』は、良く働いてくれる 」

「 ぼ‥ ぼくのヒトデナシが‥‥ 良く働くだって?! 」 ヤツのそんな言葉に、ぼくは思わず反応していた。

「 ああ、そうとも。 『オレのヒトデナシ』は、あくまでも『おまえの描いたシナリオ』を的確(てきかく)且(か)つ円滑(えんかつ)に進行させるために、オレが出現させ操ってきたものだ。例えば、この遠足の継続を阻(はば)む存在の徹底的な排除で言うならば、先乗りした水崎先生が行方不明であることを知り、遠足の中止を決断して関係各所に連絡を取ろうとした教頭先生の排除実行。その際の行きがかりで風太郎先生を破壊し、葉子先生を行動不能にした。その後は、予定通り定刻に児童を乗せて帰るためにここに到着しようとしていた送迎バスとその運転手の排除。偶然ではあるが、たまたま巡回で接近して来たパトロールカーと警察官二名を排除‥‥ 」

「 み‥水崎先生が、最初に排除されたのでは‥‥ なかったのか? 」

「 水崎先生を排除したのは『おまえのヒトデナシ』だろう 」

「 え?‥ 」

「 駐車場に到着した水崎先生の前にわざと姿を現して、不審な行動を見せつけ、わざと通報させようと仕向けたんだろう。そうしておいて、排除した。『おまえのヒトデナシ』は、オープニングセレモニーを欲していたんだろう 」

「オープニング‥セレモニーだって??‥‥ 」

「 ふん、だってそうだろう。おまえがこの遠足を楽しむための余興(よきょう)の一つとして、まずは『赤い花』を飾りたかったんだろうよ‥‥‥ 」

次回へ続く