悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (26)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その十一
黒板消しを持った謎の少年の体当たりによって、委員長の手と俺の手が引き離されてそのまま‥‥繋ぎ直すこともなく‥‥俺たち二人は微妙な距離間で再び歩き出す‥‥‥

手は繋いでいないが、やはり先導するように委員長が俺の前を歩いている。
胸のドキドキが消え去って落ち着いた俺は、今更ながら彼女の行動の意味を考えてみる。
いくら五年と六年の時の「クラスの委員長」であった彼女でも、それはもう昔の話で、今の俺たちに付き合う義務も責任もないはずである。ましてやこんな「地中に埋まっているわけの分からない場所」に、俺の立会人として同行するなんて‥‥‥‥

頭の良い委員長である。もしかしたら委員長は‥‥ここがどういう所で、ここにどんな謎が隠されているのか全て知っていて、その上で俺をここまで誘導してきたのではあるまいか‥‥‥‥
何かの‥‥彼女なりの目的を果たすために‥‥‥‥‥‥
と、そこまで考えた時だった。
「あ‥」委員長が小さな声を出して立ち止まった。

「え?」危うく委員長の背中にぶつかりそうになって俺も立ち止まる。
気がつくと俺たちは廊下の三差路に来ていて、左手に別棟(べつむね)へ通じる広い連絡通路が延びていた。五年六年の教室はそちらの棟にあった。
「どうした‥・」
「見て」委員長は、連絡通路側の床を指差した。

すぐには分からなかった。床の様子に、何か違和感があるなあといった程度。
しかしよくよく見てみると、一面に何百、いや何千という画鋲がぎっしりと敷き詰められているではないか。それも針の部分を全て上に向けてだ。
「おい!こりゃあ⁉」
「‥もしかして、この先に進むなっていう意思表示かしら?」

ククッ‥・
どこからか、複数の子供の忍び笑いが聞こえて来た。

委員長は、まるで挑むように、履いていたパンプスで画鋲を搔き分け始めた。
「‥ったく」俺も廊下に上がる時に靴など脱いでいない。委員長に従うというより小学生どもにバカにされている感じがして、荒々しくそれらを搔き分けていった。

前進するにつれ、さらに腹の立つものが目に飛び込んできた。
左手の壁の掲示スペース、生徒の書道の作品が二十枚程張り出されている。普通なら、「希望」「未来」などの文字が並ぶのだろうが、そこにあったのは、「まぬけ」「馬鹿」「死ね」の罵詈雑言(ばりぞうごん)の数々。「うそつき」「偽善者」「二枚舌」というのもある。
委員長も気づいてこう言った。
「‥・ここはまるで‥‥悪意の巣窟ね‥‥‥‥‥」

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (25)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その十

「ひゃあ!」

委員長の机の上に転がった十匹程のダンゴムシを見て声を上げたのは、隣の席の丸メガネ女子、白石である。
このお節介女は、わざわざポケットティッシュを取り出して直接触れないようにダンゴムシを集め、教室の窓から外にパラパラと捨てた。
一部始終を見ていた俺はがっかりした。

委員長が二時限目と三時限目の間の休み時間に、大抵トイレへ行くために席を立つ‥という事に気づいた俺は、集めておいたダンゴムシを机の上にさり気なくばら撒いて、彼女の帰りを待っていたのだ。
先日のシチュエーションの再現を試みた俺の企ては、見事失敗に終わった。

教室に戻って来た委員長に、白石は透かさず報告する。
「委員長の机に、ダンゴムシがたくさん置いてあったの!きっと男子のいたずらよ!」
「そ‥そう‥‥」委員長は、机に目をやった。
「私片付けて置いたけど‥・先生に言いつけた方がいいわ、絶対!」
「‥‥‥‥‥」委員長は少し考えてから、真っすぐに白石を見て微笑んだ。
「ありがとう、白石さん。先生に言わなくても大丈夫。大した事じゃないわ」

背中を向けて聞き耳を立てていた俺は、委員長の大人ぶった言い草が気に入らなかった。「だったら今度は大した事にして、この前見せた表情に必ずもう一度させてやる‥」と、なぜか熱くなった。
この時の俺は、どんな形にせよ、例え一方的であっても、委員長と関わりを持つ何かを求めていたんだと思う。
委員長に憧れる自分の気持ちをはっきりと自覚できないままのモヤモヤした感情は、まったくお門違いの行為へと俺を走らせる「熱」へと転化していったわけだ。

ショウリョウバッタ、トノサマバッタ、カミキリムシ、カナブン、コガネムシ、カマキリ、ジョロウグモ、ハサミムシ‥・芋虫、毛虫にナメクジ、ミミズ、カタツムリなどなど‥‥‥‥
学校の敷地内で仕入れた「採れたて」を、白石など他のやつらに見つからないよう机の上は避けて、中に忍ばせておいた。飛んだり動き回るものは筆入れや道具箱、カバンの中に放り込んだ。インパクトがあり、より効果的かと考えて、時々拾った死骸を使うこともあった。
週に一度は必ずやった。その日その時はずっと委員長を観察し続けるのだが、彼女の体が固まった感じは確認することができても、俺が期待している表情のリアクションにまでは至らなかった。なかなか思うような成果が上げられないと分かると、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」で、仕掛けるチャンスさえあれば毎日でもやった。
しかし、やればやるほど委員長は、返って無表情、無反応になっていった気がする。
結局、進級して六年生の夏休みが始まるまでの一年以上、俺はこの「いたずら」を続けたわけで、その間委員長は、犯人を捜そうとするでもなく、先生に言いつけるでもなく、ただ黙ってそれを受動し続けた。

そして、とうとう‥・あの日がやって来てしまう‥‥‥‥‥
夏休みが終わり、二学期が気怠くだらりと始まった日の、ひと気のない日陰の渡り廊下‥‥‥‥
俺は、まったく想像もしていなかった委員長の反応を、すぐ目の前で目撃することになる。

次回へ続く