悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (121)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その八

『巨大迷路』は‥‥‥、堅固な壁に囲まれた、まるで砦(とりで)の如(ごと)き様相である。

巨大迷路は、全部が焦げ茶色のしっかりとした木材で組み立てられている。柱として立てられた角材と角材を繋(つな)ぐ様に板の横木を数枚打ちつけていき、それを連ねて高さ2メートルはある全ての壁(迷路の仕切り)が出来上がっている。
迷路が張り巡らされている敷地全体の大きさは、およそ25メートル✕35メートル。その中央には、やはり木材で組み上げられた高さが5メートルはあろう屋根付きの櫓(やぐら)がそびえ立っていて、まるで周りからの攻撃に備えるための見張り台であるかの様だ。この櫓、実は迷路に迷ってしまった人が登って迷路全体を見下ろし、出口を見定めて出口までの大体の道筋(どこをどう進めば出口に辿り着けるか)を確認するための展望台なのだ。もちろん迷路の外の風景を楽しみながら休憩する事もできる‥‥‥‥‥‥

ぼくは、なぜだか頭の中にある『巨大迷路』の知識もしくは記憶?をもとに、モリオに解説した。
「あそこにある、こんもりとした小山に見えるところ‥‥。シルエットが巨大迷路の形や大きさとほぼ同じ気がする。真ん中の突き出た部分はおそらく展望櫓(てんぼうやぐら)だと‥思う」
モリオは不思議そうな表情を浮かべたまま、ぼくの言葉に耳を傾けていた。

「そ‥・そうだな。ヒカリの言う通りかも知れない」しばらくの間、こんもりした緑の小山に目を向けていたモリオが言った。「閉鎖されてからもうずいぶんと経つのに、取り壊されずに残っていたとしたらビックリだ!」
「確かめて‥‥みたくならない?」ぼくは、さり気なく言ってみた。
「えっ あそこまで行くってこと?!」モリオが驚きの声を上げた。だが、そんなに驚くほどの距離でもない。大体300メートルくらいだろう。

実はぼくには、風景を眺めていてちょっと閃(ひらめ)いた事があった。『本当にあれが巨大迷路なのか?』と言う問題ももちろんだが、もう一つどうしても確かめておきたい事が生まれてしまっていた。『確かに見たはずなのに見つけられないでいる赤い花』の謎を説明できる信憑性のある推論が頭の中に出来上がっていて、すぐにでもそれを実証してみたかったのだ。
芝生広場に到着する直前、林の中からチラリと見えた赤い花。てっきり芝生広場のどこか一部の風景が垣間見えたのだと思い込んでいたのだが、林の道のその場所からの距離と方角をよくよく考えてみると、もしかしたら芝生広場を越えた向こう側、少し下(くだ)って低い場所にあった『こんもりした緑の小山』の一番高い部分(おそらく『展望櫓』の一番上の部分?)が突き出て見えていたのではあるまいか?しかも方向として、あの時見えたのは今見えているこちら側ではなく、ここからでは丁度見る事ができない反対側の部分だったのかも知れない‥・と‥。
つまり林の中からぼくが垣間見た『赤い花』は、あの『こんもりした小山のてっぺんの丁度裏側辺りに咲いている可能性がある』という考えに思い至ったのだ。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (120)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その七

その時のぼくには‥‥水崎先生がいないと言う事より、赤い花が見つけられないでいる事の方がよほど重大である様に思われた。

ぼくは駐車場の端、組み合わせた丸太を模したコンクリート製の柵(さく)の前に立って、足元からなだらかに下(くだ)っていく斜面を見下ろした。芝生の広場全体の北側にあたる場所で、駐車場から一本、やはり下って伸びていく舗装道路以外は、しばらく人の手が入っていない様子の生い茂った草木が一面を覆(おお)っていて、そんな景観が目の届くかぎりに続いていた。やはり『赤』‥、赤い花は見当たらなかった。

「もしかして、何か探してる?」いつの間にかモリオが横に並んでいて、ぼくに問いかけてきた。
「いや‥‥。ただ、どんなところかと思って見ていただけさ」ぼくはなぜか、正直には答えなかった。
モリオが柵に両手を置いて少し身を乗り出し、眼下に目を向けた。そうしてしばらくぼくたちは、黙って一緒に風景を眺めていた。
「この辺りはたぶん‥‥フィールドアスレチックの施設が並んでいた場所だったと思うよ‥‥」
「そ‥そうなんだ‥‥‥」
もともとが自然の環境を利用した施設である。閉鎖されてから久しいとなれば、もはや見る影もないのは当然の事であろう。そう思いながら目線を北西の方向に流していった時、どことなく周囲とは違和感のある、こんもりとした緑の小山が視界に入って来た。
「ん?」ぼくは目を止めた。
「どしたの?」とモリオ。
「あ‥そこにあるこんもりしたところ‥‥‥、輪郭(りんかく)がなんか直線的に見えないか?」
「‥‥言われてみれば、そんな気もする。もしかしたら、つる草がいっぱいへばりついている建物かも知れないよ」
モリオの指摘にぼくは小さく頷(うなず)いた。そして頭の中に、ある建造物のイメージを思い浮かべていた。

「巨大‥・迷路‥‥‥」

「えっ!そうなの?」モリオが驚いてぼくを見た。「ヒカリは、巨大迷路を知ってるの? 見たことあるの?」
「‥‥‥‥‥‥」ぼくは黙って首を振った。否定したのではなく、『知っているのか 見たことがあるのか』が、分からなかったのだ。
ただ、その時気がついた事があって、ぼくはどういうわけか、『巨大迷路』を結構具体的にイメージできてしまう様だ。

「今までに見たことがあるかどうかなんて分からないけど‥‥」ぼくは正直に話した。「巨大迷路のこと、割(わり)と分かってるみたいなんだ‥‥‥‥」

モリオが、不思議そうな顔でぼくを見ていた。

次回へ続く