ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (20)

第四話「死体」 その一
アポロ11号アームストロング船長が月面に人類史上初となる第一歩をしるし、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。」と語った1969年、私は小学五年生になっていました。
この大イベントがあったのは確か間もなく夏休みに入ろうかという一日で、午前中教室で先生からこの偉業に対する「高説」を賜り、帰宅して午後はテレビ中継を見続けた記憶があります。
周りの大人たちにつられる形で多少の興奮はしたものの実際の映像は正直退屈なもので、私が興味をそそられたのは月面着陸船のシステムや形状。のちに各玩具メーカーがこぞってプラモデルを発売した際にはすぐさま買い求め、月着陸船「イーグル」、司令船「コロンビア」を組み立ててドッキングさせたり切り離したりして、「静かの海」への軟着陸を何度も何度も再現したものです。

1960年代初頭のケネディ大統領の約束が実現し、アメリカ合衆国はその後もアポロ計画を続けていくわけですが、その頃の私の住む町にも大変革が起こっていました。
大規模な町の観光地化計画です。

私の町は「古式捕鯨」発祥の地でそれを観光資源の一つと位置づけ、海沿いの山を崩し大規模な埋め立てを行ってその場所に「くじらの博物館」を中心とする様々な施設を整備していきます。風光明媚な景観と近隣の町の温泉ホテル群とが相乗効果を生み出すであろう立地は、大きな集客力が期待できたのです。

町が変貌していく様は、アポロ11号のモノクロの映像よりもはるかに刺激的でした。
駅に向かう連絡バスの路線も変わりました。海沿いの埋め立てられた土地に広く美しい道路が整備され、やや遠回りにはなりましたが「例のトンネル」は徐々に使われなくなっていきました。
ただこれから語る「死体」のお話‥‥やはりこの「トンネル」の風景とともに今も私の記憶の中にあるのです。

次回へ続く

ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (19)

第三話「秘密基地」 その八
赤トンボの舞う秋の夕暮れ時。
もし私が大人であったなら、〇〇地区の山側の道路沿いに建つ数軒から少し奥まった場所にある庭付きの建物は△△さんのお宅で、△△家は旦那さんと奥さん、それに今年中学に上がった娘さんの三人暮らし。娘さんはピアノを習っていて、聞こえてきたピアノの音色は練習曲「エリーゼのために」の中盤の一小節で、夕げの支度が整ったと母親に声をかけられた娘さんはピアノを弾く手を止め、それに答えた・・・
というような解釈をしていたかもしれません。
しかし実際にこの時私の頭の中に浮かんでいたイメージは「ウルトラセブン」のいくつかのエピソード、いくつかの場面でした。
他の星から地球にやってきた者たちが人間になりすまし、既にこの地球上のどこかにいるかもしれない。
秘密基地を作るのは必ずしも平和を守ろうとする人間だけではなく、地球侵略をたくらむ宇宙人がその足掛かりとしていつの間にか作り上げているのもまた「秘密基地」なのです。

彼らが母星と交信するのに用いるのは例えばピアノに模した通信機で、鍵盤を叩く事で地球の情報を逐一知らせているのかもしれません。

テレビドラマをそのまま信じ込むほど幼くはありませんでしたが、小学生の私にとって世の中は不可解な出来事と大人たちが口にする迷信であふれていました。生活の中で生じた些細な疑問にもたえず心を動かし、時には好奇心や探求心に自らがもてあそばれるような感覚に陥ることも一度や二度ではなかったのです。
この時がまさにそれでした。何故そこまで気になるのか‥自分でも説明ができないのです。

私が建物の窓を確認しようと自転車を降りて回り込もうとした時、一匹のトンボが目の前をかすめ飛びました。
‥‥我に返った気がしました。
オニヤンマをやっとの思いで捕まえた時、羽の一部がちぎれていたこと。持つ手に力を入れすぎて首がもげてしまった堪らなく嫌な経験が頭の中によみがえりました。
(やめておこう‥‥‥
どうせろくなことしか待ってやしない。今までもそうだったではないか。この世界に「完全なる答え」などありはしない。追えば追うほどまた新しい謎が増えていくだけなのだ。「安心」など永遠に手に入らない。
つまらない好奇心は捨ててさっさと帰ろう。
「基地の一件」すらまだ解決していないのだ。)

私はひどい脱力感を覚え、自転車に身を預けるようにしてまたがり我が家に向かってゆっくりと漕ぎ出しました。

自分自身の記憶ですらあてにならなくなっている。しっかりと踏みしめて立つべき足元すら確認できない白い靄(もや)のかかった空間に一人放り出された気がしました。
靄の中に何か存在している事は感じていても、伸ばした手は何もとらえる事はできない。さ迷い空を切る両手。今立っている場所も実感できない足元。

私はこんな感覚を「白い闇」と呼ぶことにしました。

次回、第四話「死体」です。