悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (43)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その二十八

彼女は‥‥俺自身が拵(こしら)えた委員長‥‥‥‥‥。

過去の愚かな自分。良心の呵責(かしゃく)に苛(さいな)まれながらも、謝罪し償う勇気もなかった自分。できたのはただ、思い出さないよう記憶に蓋をして忘れてしまうこと‥‥‥。俺は、心の深いところでそんな自分が許せなかったのかもしれない。自分自身を厳しく裁き、罰したかったのかもしれない‥‥‥‥‥‥

いつの間にか‥‥俺自身を裁くために、俺自身が委員長を拵えていた。

それが当たっているかどうかは判らない。しかし、今置かれている自分の状況には、この解釈が一番しっくりくる。
俺は今夜の記憶を遡(さかのぼ)ってみた。同窓会?二次会?そして母校の校庭‥‥。委員長が現れたのは確かそこからだ。タイムカプセルを掘り出す段になって急に現れたんだ。彼女はいつの間にか俺の後ろに立っていた。
その時俺は委員長に久しぶりに会った。小学校の卒業式以来だ。大人になった彼女が立っているのを見た時、その姿に俺は何の意外性も感じなかった。小学六年の彼女が、俺が抱いていたイメージそのままに大きくなった感じだった。言い換えれば、まったく俺の抱いていたイメージの枠を1ミリも出ていなかったのだ。
振り返ってみると、そんなことは逆に不自然ではないか‥‥‥‥

「どお?島本くんの謎々みたいな言葉への、あなたなりの解答は出た?」委員長が黙り込んだ俺に声を賭けてきた。
「い‥・いや‥‥‥‥‥‥」
読まれている。俺は思った。俺の考えている事は全部お見通しなのだ。今までだってそうだったのだろうし‥‥おそらくこれからも‥‥‥‥。
目の前にいる委員長が俺自身の生み出したものなら、それも当然か。言わば彼女は、俺の分身のような存在なのだから。そしてきっと俺は彼女に裁かれ、罪を償うために彼女に罰せられるのだ。それが彼女の存在理由なのだから。
彼女はどこか‥‥暴走したTリンパ球のようだ‥‥‥‥‥と思った。
Tリンパ球は、体の中に入って来たウイルスや細菌などの異物を攻撃する細胞である。円形脱毛症の自己免疫反応は、このTリンパ球が異常を起こし、正常な細胞を攻撃してしまうことを言う。髪の毛が抜けるのは、Tリンパ球が頭皮の毛根を攻撃しているからである。図書室で円形脱毛症について調べた時に得た知識だ。
本来自分自身を守るための免疫システムが異常を起こし、自分自身を攻撃する。俺の身にこれから降りかかるであろう事を暗示しているようだった。

その時俺が取った行動は、ほとんど無意識だったと思う。
俺は後退りを始めていた。ほんの僅かずつ、委員長から遠ざかろうとしていた。
「フフッ‥どこへ行くつもり?」委員長が、おそらくなかば軽蔑の意味を込めて笑っていた。「ここから逃げる?‥・言ったわよね、出させはしないって」
「‥‥違う‥‥‥違うんだ‥・。そんなつもりは」そう口にしながら、俺は踵(きびす)を返していた。委員長に背中を見せて、教室後方の出入り口に向かって走り出した。

キリーツ!」
背後から、委員長の発する号令が聞こえた。
ガーガタガタタタガタガタガタタター
たくさんの椅子の足が床を擦る音が教室中で鳴り響いた。
今まで教室内の備品のひと揃えのようにただ静かに座していたクラスのみんなを模(かたど)った粘土の人形たちが、一斉(いっせい)に動き出し、一斉に立ち上がった。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (42)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その二十七

気をつけろ。彼女は委員長だけど、本当の委員長じゃない。
彼女は君自身が拵(こしら)えた‥‥‥‥‥

俺は、島本の残した言葉を、何度も反芻(はんすう)していた。
島本は、この校舎を埋めたのは委員長だとも言った。
もたらされた情報による頭の中の混乱を収拾するには時間が掛かりそうだった。

「‥‥島本が‥言ったことを‥‥‥どう思う?」
委員長への不信感から生まれてくる不気味な予感と、彼女と対峙し続ける緊張に耐えられなくなり、俺が沈黙を破った。できるだけ平静を装い、俺は委員長に問いかけた。
「ふん‥」委員長はそう切り出して答える。「土の中に眠る死者の忠告に耳を傾けてなどいたら、きっとろくなこと無いわよ」
やはり島本は死んでいたのかとその部分では納得した俺だったが、まるで投げつけるようなその言葉に委員長の苛立ちを感じ取った。
委員長は続ける。
「彼は何を言いたかったのかしらね?‥‥私は私よ。本当の私。それ以外の何だって言うのよ?」
「‥‥そうだな‥‥‥‥‥‥」俺は相槌を打っただけだった。委員長の存在自体に疑問を感じたことがなかったからだ。ただ、気をつけろ‥と言った島本の声が、意識のどこかで木霊のように反響していた。
「この校舎を埋めたのは確かに私。それは認めるわ。もともとあなたが埋めようとしていたからだし、私はそれを途中から利用させてもらっただけ。あなたに罪を償わせるためにね‥‥」
「‥・つまり、俺をここに閉じ込めるために計画していたということか?」
委員長は頷いた。「みんなで校舎を掘り当てるように仕向け、あなたが埋めたもののように思わせ、あなたに付き添う振りをして、ここまで連れて来た。そしてあなたがすべてを思い出すのを待った‥‥‥。罪を償わせるには、自分の罪をしっかりと自覚してもらわないと意味がないものね」

彼女は君自身が拵えた‥‥‥君自身が拵えた‥‥‥君自身が拵えた‥‥‥‥
委員長の話を聞いているとき俺は、やはり島本の残したその言葉を呪文のように何度も呟いていた。委員長の言っていることに幾つかの違和感を覚えたからだ。
確かに俺は罪を犯したのかもしれないが、その罪の中心は委員長のはげをからかって泣かせたことではなく、彼女に虫のいたずらを延々と続けたことである。はたして委員長は、虫のいたずらが俺の仕業であるということをすでに知っているのだろうか?知っているとしたなら、何時(いつ)知り得たのだろうか?‥‥俺は、思い出した記憶をまだ委員長に、これっぽっちも話していない。ただ俺が知らないうちにすでに気づかれていたとも考えられるが、虫のいたずらに関しては誰にもばれていない自信が俺にはあった。なぜなら虫を仕掛ける行為は俺にとって、憧れていた女の子に対する唯一のコミュニケーション手段、小学生の俺には大人の秘め事ほどの意味があったのだ。俺は極めて慎重に、かつ陰湿に行動していた。
それなのに委員長は、かなり以前からすでにあらゆる事実を把握し、俺自身しか知りえない後の俺の心の葛藤まで見抜いているような口振りである。

君自身が拵えた‥‥‥君自身が拵えた‥‥‥
俺自身が拵えた‥‥‥‥‥‥‥‥‥

次回へ続く