悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (307)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百九十二

頭痛は‥ やって来なかった‥‥‥

容易(たやす)く思い出せない‥、おそらくは‥たぶん‥思い出したくないこと‥‥‥
霧や霞に包まれたそれらの『記憶の痕跡(こんせき)』に ぼんやりとフォーカスを合わせようとした時、
必ずと言っていいほど『例の頭痛』がやって来ていたのだ‥‥‥‥‥

しかし今、どういう訳かそれはやって来なかった。

「 ふん‥ 少しは『自覚』してみようという気になったみたいだが、どうしてそんな素頓狂(すっとんきょう)な顔をしてるんだ? 」 ヤツが苦笑(にがわら)いしながら言った。

「 え?‥‥ 」 ぼくは我に返った。確かに今ぼくの頭の中に、いくつかの『自覚と呼べるべきもの』が駆け巡っていた。

「 もしかして‥ 頭が痛くなって来ないから、どうしてだろう?と、戸惑(とまど)っているのか? 」

「 えっ? え?? 」

「 ふん、図星(ずぼし)か‥ だったら安心しろ。今のこの状況では、頭痛は起こらないはずだ 」 ヤツは事(こと)も無(な)げにそう断言した。

「 なっ 何だって!? 」

「 おまえがこの空間に出現する直前に、オレが操作しておいたんだ。安心しろ 」

「 操作しただって!?? 」

「 ああ 」 ヤツはゆっくり頷(うなず)いた。「 操作と言っても、おまえの体をどうにかした訳ではない。操作したのは、ここに来るまでずっとおまえが行動を共にしていた彼女の方だ‥ 」

「 セナ!? セナのことか!! 」
次元の裂け目みたいなところをセナと二人して通り抜け、この空間に到着した時、ぼくの手にしっかり絡めた二本の両腕だけを残して、彼女の体は忽然(こつぜん)と消え失せていた。激しく動揺したぼくだったが、セナの両腕だと思っていたそのどちらにも、林の中の道で切りつけられた時の傷跡が無いことに気がついて、幾分(いくぶん)か冷静さを取り戻していたのだったが‥‥‥‥‥
「 おまえの‥仕業(しわざ)だったのか‥っ 」 自分の気持ちが、高まっていくのが分かった。
「 セナは今、どこにいる!? 無事なんだろうな!! 」 ぼくは声を荒げていた。

「 ほほお! おまえは『高木セナ』のことになると、随分と感情的になるんだなあ 」
そう返したヤツの声は、どこか楽し気に聞こえた。
「 大丈夫だ。 『おまえの奥さん』は無事、別の空間へと転送しておいた。今は他のみんなと一緒にいるはずだ‥ 」

「 どうしてだ! どうしておまえは、そんなことをした? セナを別の空間に転送する操作が、ぼくの頭痛と何の関係がある?! 」

「 そりゃああ、あるだろ! おまえは、彼女と行動を共にしていたからこそ、その時々に『頭痛』に悩まされる羽目になっていたんだろ! 分からないのか? 」 ヤツは愉快でたまらないという風に、そう言った。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (306)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百九十一

「 今のおまえの口からそこまでの情報が聞けたのは、満足な結果だった。これからオレが話すことに対しても、十分な裏づけとなっているからな‥ 」 ヤツは嬉しそうに言った。

「 裏づけ‥だって? いったい何のことだ? 」

「 まあ、聞いておけ。まずおまえに伝えたいのは、巨大迷路廃墟の外壁に吊るされている百二十一人の死体からはことごとく肝臓だけが切除され、どこかへ消え失せていたという事実だ 」

「 なっ!何だって!? 」

「 念の為にもう一度確認しておくが、『オレのヒトデナシ』が手を下したのは四人。しかし、ただ排除しただけで、この廃墟まで運んで腹を裂き、吊るすようなことはやっていない‥ 分かるよな? 」

「 ‥‥つまり、その四人を含めた百二十一人の腹を裂いた上で外壁(そとかべ)に逆さまに吊るしたのは‥『ぼくのヒトデナシ』‥‥で? 」

「 そうだ。その百二十一人の死体全部から、肝臓を切り取って持ち去ったのも『おまえのヒトデナシ』ということになる‥‥‥ 」

「 まさか‥ そん‥な‥‥‥‥ 」 ぼくは、言葉を失った。


「 この巨大迷路廃墟の外壁ぐるりを、『大きな赤い花』に見立てた百二十一の死体で飾りつける‥ 確かにそれも『おまえのヒトデナシ』の目的であり使命であったのかも知れないが‥‥ 」
沈黙したまま微動だにしない‥そんなぼくの姿を上目遣いに観察しながら、仕切り直すように、ふたたびヤツが語り出した。
ぼくは、『頭の中にある霧がかかった領域の存在』をずっと自覚していたし、『霧につつまれて隠れて見通せない先にある景色』も、実は当たり前のように知っている気がしていた。しかしぼくは、そちらを向いていないし、見ていない。なぜならそちらには、『霧がかかっている』から‥‥。それだけだ。
そして今、ヤツは何をしているかと言うと、ぼくに向かって叫んでいるのだ。『 霧は晴れた!』と‥。『 こちらを見てみろ!』と‥‥‥‥‥

「 もしかして『おまえのヒトデナシ』にとっての最も重要なミッションは最初から、まるで生贄(いけにえ)のごとく『ハルサキ山』に引き寄せられた百二十一人の男女から、肝(きも)を切り取って集めること ではなかったのかい? 」

ヤツが、『 こっちを見ろよ!』と、そっちを見ないでいるぼくの肩に手をかけて、力尽(ちからず)くで振り向かせようとしていた。

次回へ続く