悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (286)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百七十一

ヤツが漏らした一言(ひとこと) 二言(ふたこと)が、ぼくの心に激しい波風(なみかぜ)を立てていた。

そもそもぼくがこの巨大迷路廃墟に乗り込んできた目的は、操られる様に集められたみんなをここから連れ出し、ハルサキ山の魔物『ヒトデナシ』を退けることによって、魔物のすべての影響下から全員を解放するというものだった。
しかし、いざ蓋(ふた)を開けてみればそんなものはただの『ごっこ遊び』で、ハルサキ山を血で染めていった『ヒトデナシ』にしたところで、ヤツがぼくの記憶の断片からトレースして登場させた『傀儡(くぐつ)』の様な存在であるらしかった。つまりは全てが、ぼくがこの遠足を少しでも楽しむためにわざわざ自分で用意していた余興(よきょう)の一つに過ぎないのではあるまいか‥という気がした‥‥‥‥

「 ‥ぼくは今‥どこにいて‥‥ 本当は何をしようと‥してるのだろうか?‥‥‥ 」
そう呟(つぶや)いて、ぼくは自分が立っている足元に目を落とした。

前方のつかず離れずの場所にいる葉子先生の姿をしたヤツは、「 自分で答えを出してみなさい 」とでも先生口調で言いたげに、そんなぼくの様子をただ黙って見ていた。


それは数十秒だったかも知れないし、数十分もしくは数時間だったかも知れない。
いずれにしろ、計り知れない自問自答を繰り返した時間の後、「 そっ そうなのか? 」と口にしたぼくは顔を上げ、辺りを見回し、最後に頭上に広がる中空(ちゅうくう)を仰いだ。
言うまでもなく、ぼくが今佇(たたず)んでいる場所は『ソラの空白』の中。娘の死後、ぼくが頑(かたく)なに守り続けて来た、ぼくの心の真ん中にある何物の侵入をも許さない、娘の姿形(すがたかたち)の輪郭をした完全なる空白。それが、どういう訳か巨大な空間となってここにある。最初ここに辿り着いたすぐには、あまりの大きさに輪郭の全体像を把握できず気づかなかったが、それは、ソラがベッドの上でほとんどを過ごすようになってからいつもしていた姿の、『お気に入りのパジャマを着て、両足をハの字に前方に投げ出し、両手をだらりと垂らした状態で座っている』そんな姿の輪郭だった。

そんなものがなぜここに? ぼくの心の中でひたすら秘してきた『ソラの空白』がなぜ、こんな場所に出現しているのかが理解できないでいる。
だが、ヤツが言うところの、排除すべき対象となる『次元の変形や偏(かたよ)りの原因となっているもの』とはもしかしたら‥‥ この『ソラの空白』?

「 その通りだ 」
言葉にはしていないぼくの頭の中の考えに、答えるヤツの声がした。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (285)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百七十

「 ああ、最後までだ。もうすぐ全ての準備が整うはずさ 」
葉子先生の顔をしたヤツが、ニタリと笑った。

ぼくは、心に渦巻く不安を整理できないまま聞いている。もはやぼくに選択肢(せんたくし)は無く、全ての準備が整いしだい『何か』が始まり、そしてその『何か』は、ヤツの導きで『最後まで』行われるのだ。

「 いったい、何が始まる? 何の準備が整うんだ? 」 堪(たま)らずぼくは質問した。

「 ほう‥ 」 ヤツのニタリが、呆(あき)れ顔に変わった。 「 オレはおまえが、ずっと嘯(うそぶ)いているんだとばかり思っていたが‥‥ おまえは本当に、自覚できていないらしい 」

「 そう‥かも知れない‥‥ 」 ぼくは、力なく相槌(あいづち)を打った。この世界で体験して来た事象の大体のものには、確かに自分の意思が反映されている痕跡を感じる。しかし、それらの事象を積み重ねていって、ぼく自身が最終的に何を目指してどうなりたいのかが分からない。つまり、『自らが描いたはずのシナリオ』の『至るべき結末』が、いつまでも霞(かすみ)がかかったように見通せず、まったくもって自覚できないのだ。

「 もしかしたらおまえは‥‥ 無意識の内に自分に制限をかけて、わざとそうしてるのかも‥知れないなあ 」
「 えっ!? 」
ヤツがぼそりと漏らした指摘は、ぼくを驚かせた。

「 なっ! なぜそんなことを言う?! 」

「 もしかしたらおまえが‥‥ これから最後に起こることを本当は‥望んでいないからかも知れないなあ 」 ヤツが答えた。

次回へ続く