悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (305)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百九十

「 いや‥失礼。随分と品の無い声を出してしまったな‥ 」 珍しくヤツが謝った。

その時にはもう‥『人を小馬鹿にした 歪んだ笑み』は、ヤツの表情から跡形(あとかた)もなく消え失せていた。そして今度は、『無理やり醸(かも)し出したような親密感』で、ぼくにやんわりとこう催促(さいそく)して来た。
「 思い出せるなら‥ その辺りの話をもう少し聞かせてくれるかい? 」

「 ‥‥‥ああ‥ わかった 」 ぼくは、少し憮然として言った。
ヤツが、何かの企(たくら)みを隠してぼくを誘導しようとしていることは、明らかだった。しかしそれを指摘し歯向(はむ)かったところで、ぼくの思考のそのほとんどがヤツに筒抜けであるからには、やはりここでもヤツの言う通りにするしかないと思った。


「 はるさき山の集落で起きた‥村人皆殺しの猟奇殺人事件‥‥ 調べを進めていた官憲(かんけん)からは、犯人の目的は『人間の肝臓の収集』であったのではないか、という囁(ささや)きが聞こえて来たそうだ。当時はまだ、とんでもない迷信や民間療法が罷(まか)り通っていた時代だったから、『人の肝(きも)』は、不治の病や難病の特効薬として、中々の高値(たかね)で取引きされていて。例えば処刑死体から切り取った肝臓を塩干しにしたものや、すり潰して丸く固めた丸薬(がんやく)などが売り買いされていたらしい‥ 」

「 なるほど‥ つまり犯人は金儲けのためだけに村人全員を殺し、腹を切り裂いて肝臓を持ち去ったという顛末(てんまつ)か‥‥ 」

「 事件は解決には至らなかったので、何もかもが不明のままらしいが‥‥ だからこそ『ヒトデナシの伝承』が誕生したんだろう‥ 」

「 なるほどな‥ 」 ヤツは納得して頷いた。しかしその納得の仕方は、どこか芝居がかって見えた。

「 肝臓を抜かれた犠牲者の中には、年端(としは)もいかぬ子供や‥、生まれて間もない赤ん坊まで含まれていた。金儲けのためだけでこんなことが出来たのだとしたら、犯人は本当のひとでなしに違いない‥‥ 事件の噂を耳にした近隣の住人達は、皆そう言ったそうだ。中には、『集めた肝は全部、そのひとでなしが食っちまったんだ』とか‥、『そのひとでなしは人の肝を食らうことで、何百年も命を長らえてきた魔物だったんだ』などと実(まこと)しやかに騒ぐ者も現れた‥‥‥‥ つまりそういう事が一つ一つ、今の『ヒトデナシ伝承』へと繋がっている‥‥‥のだろう 」

パチ‥ パチパチパチ パチ‥‥
いきなり、手を揉(も)みながらの拍手が、すぐ近くで鳴り響いた。
言わずと知れたヤツの仕業で、顔にはふたたび『人を小馬鹿にした 歪んだ笑み』が張りついていた‥‥

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (304)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百八十九

「 百二十一人もの人の腹を裂いて‥内臓を引き出した行為には‥‥ まったく別の目的があった‥‥ 」
ぼくはヤツの言葉を、まるで他人事みたいに繰り返していた。ただそうしただけで、心当たりのようなものは何も、頭の中に浮かんでは来なかった‥‥‥‥

そんなぼくの様子を、やはりそうかと言わんばかりに呆(あき)れ顔で眺めていたヤツだったが、気を取り直してふたたび、語り出した。
「 ‥おまえは思い出さない。思い出すことをしない。そういう風に自分をコントロールしているからな‥。 しかし、いいか? この世界で起こっていることは、これから起ころうとしていることも含めて全部、おまえ自身が蒔(ま)いた種によって具現化(ぐげんか)し、具現化されていく事象なんだからな 」

「 ああ‥ きっとそうなんだろうとは‥思う‥‥ 」 ぼくは答えた。

「 だったら、聞かせてくれないか? おまえが自(みずか)ら『遠足の行先』」に選択し、わざわざ念入(ねんい)りに拵(こしら)えたこの世界が、どうして『ハルサキ山』だったのか? 」

「 えっ? そっ それは‥‥ きっと『ハルサキ山』が、小学生の遠足に相応(ふさわ)しい場所‥だったからだろう。景色のいい芝生広場があるし‥‥‥ 」

「 質問を少し変えよう。 だったら、どうして『ヒトデナシ伝承(でんしょう)』のある『ハラサキ山』だったんだ? 」

「 えっ!? 」

「 おまえは、『ハルサキ山』が『ハラサキ山』と‥ 地元の人々に呼称されているきっかけとなった『ヒトデナシ伝承』に詳しい。 違うか? 」

「 くっ 詳しいかどうかは分からないが‥ 小さい頃に年寄りや、子供を怯(おび)えさせたい周りの大人から、時々聞かされていたことが全てだよ。実際そんな事件が本当にあったかどうかを考えてみると、怪しいと思えるような内容だったはずだ‥‥‥ 」

「 良かったら‥、そいつを聞かせてくれないか? はっきり覚えていないなら、印象に残っている部分だけでも構わない 」

「 ‥‥いや 真偽(しんぎ)はさておいて、概要(がいよう)くらいなら今でも話せる。 確か‥明治の時代が始まったばかりの頃に、はるさき山にあった小規模な集落で起こった猟奇殺人事件が、『ヒトデナシ伝承』の発端(ほったん)だ。老若男女を問わず赤子に至るまで、村人五十数名全員が、腹部を刃物で切り裂かれた死体となって発見された。頭が変になって消え失せた村人何某(なにがし)の仕業に違いないとか、維新後に燻(くすぶ)り続けた動乱のとばっちりだったとか、色々取りざたされたらしいが、結局事件の謎は解明されず、犯人も捕まってはいない‥はずだ 」

「 ほお‥ しかし、それがどうして『ヒトデナシ伝承』として語られることになったんだ? 」

「 それがどうも‥ 腹部を切り裂かれて殺された全ての死体の腹の中から、肝臓だけが切り取られて無くなっていたんだ‥‥‥‥ 」

「 ほおおお! 」
いきなり、ヤツの声のボルテージ が上がった。見ると、葉子先生の顔をしたヤツの口元には、人を小馬鹿にした『歪んだ笑(え)み』が張りついていた。

次回へ続く