悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (268)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百五十三

「 きっとどこかで死んでるかもな‥‥ でも心配するな。そのうち、生き返って帰ってくるさ。ここはそういう場所なんだからな‥‥‥ 」

モリオのそんな言葉に、ぼくは沈黙するしかなかった。
彼の言っている『ここはそういう場所』とは、何も今いる『巨大迷路廃墟の中』だけではなくて、きっと『芝生広場』を含めた『ハルサキ山全部』を指すものなのだろうと思った。
「 ‥分かってるさ。たぶんぼくもそんな出来事を、すでにいくつか体験して来たよ。葉子先生の場合も、そうだったんだろう? 」
今度は、ぼくの言葉に、モリオが沈黙する番だった。

「 ‥‥‥‥知ってたのか 」 しばらく黙り込んだ後、モリオは言った。「 確かに葉子先生は死んでいたんだ。でもおまえが林の中から出て行って、しばらくして‥‥‥ 今まではただ眠ってただけってな感じで急に目を開けて、起き上がったんだ 」
「 やっぱりそうか‥‥ そしてその後、葉子先生はおまえ達みんなを、巨大迷路廃墟へ誘ったんだな‥ 」
「 ああ、いっしょに来るように言われた。まるで今までと別の人になっちまったみたいな口振(くちぶ)りでさ‥‥ 」

「 ‥‥‥‥そうか 」 ぼくはモリオの話を聞いて、風太郎先生のケースを思い出していた。
芝生広場の窪地(くぼち)状になっている場所で風太郎先生の死体を見つけた時、その首はもげ、胴体は二つに引き裂かれていた。そしてしばらくして、芝生広場駐車場から見下ろせる茂みの中をツジウラ ソノを引き連れて歩く怪しい人影を発見し、それが風太郎先生だと知った瞬間、にわかには信じられなかった。双眼鏡で覗(のぞ)く限り、首も胴体もちゃんと元通りにくっついていたのだから‥‥‥‥

はたして‥ 風太郎先生も葉子先生も、本当の意味で生き返ったのだろうか?‥‥
そんな当然とも言える疑問が頭の中を占領(せんりょう)していたが、ぼくは今さら口には出さなかった。それを含めた全ての疑問を解決し、みんなを開放するために、ここまで来たのだ。


モリオが、ぼくがこの場所に突然現れたことも、ぼくの左手に絡みついている両腕だけになった高木セナの安否すら、もはや一切の興味を無くした様子で、次のチョコレートをつまんで口に放り込んだのを見て、ぼくは自分だけでセナの行方(ゆくえ)を突き止める決意をした。
冷静さを保持するために、取りあえずの行動として、絡みついたままのセナの両腕を自分の左手から慎重に引き剝がし、紛失しないようにと、背中から下ろしたリュックサックの中に一本ずつ丁寧に入れていった。その時‥‥‥‥‥

「 ん?‥ 」

何だか分からないが、忘れ物でもしているみたいな‥‥ 居心地の悪い、違和感のようなものを‥‥ 感じて‥いた。

次回へ続く


悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (267)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百五十二

「 モリオ? ‥なのか? 」
ぼくは、地べたに座り込んだ人影に声をかけた。

「 ああ‥ やっぱりおまえも来てたのか‥‥ 」 
いつものモリオらしい返事が返ってきた。言葉に少しだけ投げやりなニュアンスが感じられたのは、葉子先生達と潜んでいた雑木林を出る際、口論して別れて来たせいだろう。
「 そんなに喚き散らして、いったいどうしたって言うんだ? おまえらしくもない‥‥ 」

モリオに指摘され、自分がひどく取り乱していることを覚(さと)らされて、こんな状況の時こそ落ち着かなければならないと自らに言い聞かせた。
ぼくはゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐いてみた。さらに、冷静さを取り戻すまじないみたいに、ゴクリと大きく唾(つば)を飲み込んでから、再度モリオの方を見直した。
そして、この場に居合わせていたモリオが、何かを目撃してはいまいかと思い、彼に近づいて行った。

「 セナが‥ いっしょにここへ来たはずの高木セナが、どこかへ消えちまったんだ‥‥ 」 ぼくは手掛かりになりそうな情報を期待して、モリオに話しかけた。
モリオは地べたに胡坐(あぐら)をかいて、モグモグと口を動かしていた。下したリュックの中から取り出したありったけの残りのチョコレートをその組んだ足の上に広げ、次はどれを味わおうかと指先で吟味(ぎんみ)している最中だった。

「 高木が‥、どうかしたって? 」 そう言って、傍らに立ったぼくを上目遣(うわめづか)いに見るモリオ。
「 ‥ああ 」 まどろっこしい説明をする代わりに、ぼくは自分の左手を彼に示して見せた。左手には今も、セナの両腕がしっかりと巻きついていた。
「 ‥‥それが、高木の手だって言うのか‥ 」
ぼくは、黙って頷(うなず)いた。

「 ふん、そいつが高木のだなんてどうして判(わか)るんだよ? 今この迷路のあちこちにそんなもの‥いくらでも転がってるだろう。みんなここに集められた時からおかしくなっちまって、腕を切ったり切られたり‥‥、自分で切り落としてるバカもいたからなあ 」 そう言ってモリオは、興味を失った様にぼくの左手から目を背けた。
ぼくは、モリオの話に顔をしかめながら、ここに来るまでに通ってきた迷路通路の、そこいら中の仕切り壁に押された無数の血のスタンプを、頭の中に思い浮かべていた。

「 違うんだ、モリオ。 ぼくと高木セナはいつまでも終わらない真っ直ぐな通路に閉じ込められてしまって、そこから抜け出すために空間の裂け目みたいなものにふたりして飛び込んだんだ。そうしたらどこだか分からないがここに出て、気がついたらこの腕を残して彼女の姿が消えてたんだよ 」
「 ‥‥‥そうなのか 」
ぼくの説明に対し、モリオの‥驚くほど気の無い返事が返ってきた。
気の無い割にはさらにモリオは話を続け、そして締めくくった。
「 きっとどこかで死んでるかもな‥‥ でも心配するな。そのうち、生き返って帰ってくるさ。ここはそういう場所なんだからな‥‥‥ 」

次回へ続く