悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (270)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百五十五

「 廃墟全体の丁度‥真ん中辺(あた)り‥‥ の場所なんだと‥思う‥‥ 」

モリオの言葉の『廃墟全体』がどこからどこまでを指すのかは分からないが、ぼくは巨大迷路廃墟の真ん中は、てっきり展望櫓(やぐら)が聳(そび)え立っている場所だと考えていた。そして漠然と、そこにはきっと廃墟に入っていったみんなが集(つど)っていて、ここをアジトにしている『例の魔物』も恐らくそこに控えているのだと‥‥‥‥
しかし実際はというと、決してそんな単純なものではなく、予想だにしない複雑怪奇な様相を呈していたのだ。幾つかの謎の空間が、何らかの理由から、重なり合う様に錯綜(さくそう)していることは、もうすでに数か所で経験してきたのだ。だから、馬鹿げた先入観はさっさと捨ててしまって、たとえどんな状況に遭遇したとしても落ち着いて対応していける『柔軟な思考と行動力』を備えておかなければならない。


廃墟全体の丁度真ん中辺りだとモリオが言う、白っぽい薄明りの様な靄(もや)に包まれて霞(かす)んではいるが‥どこまでも奥行きが在り‥尚且(なおか)つ果てしなく高さも在りそうな‥‥この不可思議で掴(つか)みどころのない空間‥‥‥‥‥
ぼくは無言のうちに、改めて何もない周囲をぐるりと見回し、最後に顎(あご)を上げて、白く霞む遥か先に存在すると思われる天井(てんじょう)らしきものを仰(あお)ぎ見た。

「 全体の真ん中にあって‥‥ そこには最初から何もなくて‥‥ 誰も寄りつこうとしない‥‥ 空間なんだ 」

再(ふたた)び、モリオの言葉の別の部分が、脳裏に蘇(よみがえ)った。
「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 」

実を言うとぼくはすでに、この場所の正体とも言うべき『あること』に思い当っていた。
そしてそれが、ぼくの思った通りであるのだとしたら、ぼくにとってそれは、『驚愕(きょうがく)の真実』であっただろうし、『叫び出したくなるほどの衝撃』をぼくにもたらすものでもあったはずだ。

「 なあ‥ モリ‥オ 」
ぼくは徐(おもむろ)に口を開き、少し距離を置く地べたに座り込んだままそっぽを向いているモリオに声をかけた。
「 ‥‥‥‥何だよ‥ 」 モリオはこちらを向きもせず、答えた。
「 さっき言っていた‥‥・、この場所には『誰も寄りつこうとしない』てのは、どういう意味なんだい? 」
「 ‥‥意味もなにも、言葉通りさ。はなっから入って来ようとしないんだ。ここが嫌いなんじゃ‥ないか? 」
「 へぇ‥‥‥ 」

わざと気の無い相槌を打っておきながら、ぼくはすでに次の質問をしっかりと用意していた。
そしてその質問へのモリオの返答次第ではもしかしたら、ここがどういう場所であるかを突き止めるだけに止(とど)まらず、ぼくがこの世界に迷い込んだ本当の理由をも探り出せるかも知れない‥‥‥ と思った。

次回へ続く

今週から再開させていただきました。
改めて、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (269)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百五十四

「 ふぅうゥゥぅ‥ 食った! 全部食ったぞぉ!! これでもう思い残すことはないぜ! 」
少し離れた場所に座り込み、残しておいた大好物のチョコを独り黙々と食べていたモリオが突然、深いため息とともに大声を上げた。

高木セナの両腕をリュックに仕舞っている時に感じた『違和感のようなもの』。その正体が何なのか答えを探し求めていたぼくは、聞こえてきたモリオの大声に思考を途中で遮(さえぎ)られ、反射的に彼の方を振り向いていた‥‥‥‥

「 モリオ‥ もう思い残すことはないなんて、随分と大げさな口振りだなあ‥ 」
「 ふん、後からのこのこやって来たおまえに何が分かる? ここにいたらみんながみんな、片っ端から壊れちまうんだよ 」
「 壊れちまう?‥‥ 」
ぼくは、モリオの言葉に、ほどなく対峙(たいじ)することになるであろう‥ハラサキ山の魔物『ヒトデナシ』の存在を強く意識した。

「 モリオ、聞いてくれ。ぼくは、君を含めてここに集められたみんなを、ここから連れ出そうと思ってやって来た。助けたいんだ。だから、協力してくれないか? 」
ぼくは、行方知れずになったセナのことにひとまず目を瞑(つぶ)る決断をし、まずはモリオから、できるだけたくさんの役に立ちそうな情報を得ようと考えた。急がば回れだ。
モリオは、上目使いで怪しむ様にしばらくぼくの顔を窺(うかが)っていたが、「 ふん‥ 」と言って目を逸らした。
「 遅いよ。手遅れだ。今更、誰も助けられやしないさ。まともでいられてるのはたぶんもう‥このオレくらいのものだからな‥‥‥ 」
モリオの消え入りそうなそんな返答は、ぼくを黙り込ませた。


「 だったらモリオ‥‥ 参考の為に、せめて今いるこの場所が、『どんな場所』なのか教えてくれないか? 」
打つ手の見つからぬ雰囲気の沈黙の中をしばらく彷徨(さまよ)った後、ぼくは結局重い口を開き、彼に問いかけていた。
「 四方(しほう)目の届く範囲には、人も物も仕切りも、何も見当たらない気がするんだが‥‥‥‥ 」

「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 」
モリオの口も、明らかに重そうだった。が、数分後‥‥ 思い出したみたいに突然口を開き、こう言った。

「 オレもこの廃墟へ来てから‥‥ あっちこっちをうろうろしてただけの人間だから、そのつもりで聞いておけ。 ‥‥たぶん、今オレたちがいるのは、廃墟全体のちょうど真ん中辺(あた)りの場所なんだと‥‥思う。 最初から何もなくて、誰も寄りつこうとしない、実を言うと初めて足を踏み入れた時から、何だか気味の悪い空間だなあと‥‥ 思ってた 」

次回へ続く