悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (288)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百七十三

「 頼むから!やめてくれ!! 」
ぼくは大声を張り上げ、そして‥うなだれた。

「 ‥そんなふうに言い立てられたら まるで ぼくが 人で無し(ひとでなし)そのものではないか‥‥ 」

「 そうじゃなかったのかい? 」

「 ‥‥‥‥‥‥‥‥ 」

「 オレが、おまえのシナリオ通りに出現させたヒトデナシを操(あやつ)って人を傷つけている間、おまえはずっと不安に思っていたはずだ。今、このハルサキ山のどこかで暴れ回っている『ヒトデナシ』は、もしかしたら自分と瓜(うり)ふたつの同じ顔をしているのではないか?‥と 」

「 ‥‥‥‥‥‥‥‥ 」

「 おまえの精神は、すでに破綻(はたん)しかけている。その証拠に、おまえはここに来る途中、自分の『もう一つの人格』と会話していたな。それが何よりの証拠だ。そしてこの解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい)というやつは、おまえとは別に現れる人格が一つとは限らない。複数現れた場合、おまえがその全ての人格を認識できているとも限らない。分かるな。つまりおまえが知ることのできない人格が、自分の中に存在している可能性があるということだ 」

「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 」

「 おまえは‥、自分の知らぬ間に‥、自分と入れ替わった別人格の『ヒトデナシ』が、ハルサキ山のあちこちで勝手に暴れまわっていたのではないかと、この遠足の途中からだんだんと自分を疑い始めていたんだ。違うか? 」

「 ‥‥‥おまえはやはり‥神‥なのか? ぼくはもう何も‥喋(しゃべ)る必要を感じない 」

「 うむ、それでいいだろう。おまえが頑(かたく)なに守って来た『おまえの娘の形をした空白』を、ここでおまえが拒まず消滅させることが出来さえすれば、おまえの精神が完全に壊れてしまうのを食い止められる。そうしたら、おまえ全部の人格を食い潰(つぶ)された挙句(あげく)の、魔物のごとき正真正銘(しょうしんしょうめい)の『ヒトデナシ』に成り下がることもないわけだ 」

「 ‥ああ‥‥ 」 ぼくは辛(かろ)うじて、首を2センチほど動かして‥、頷(うなず)いて見せた。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (287)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百七十二

ヤツが言うところの、排除すべき対象となる『次元の変形や偏(かたよ)りの原因となっているもの』とはもしかしたら‥‥、この『ソラの空白』?

「 その通りだ 」
言葉にはしていないぼくの頭の中の考えに、答えるヤツの声がした。
「 な! 何だって!? 」 ぼくは驚いて、ヤツの顔を見据えた。葉子先生の姿の葉子先生の顔が、こちらを観察する様に見ていた。
「 あなたの考えている通りだと言ったのよ 」 ぼくが葉子先生を僅(わず)かに意識した途端、今度は葉子先生の声音(こわね)を使って語りかけて来た。やはりぼくの思考は些細(ささい)なことまで、ヤツに筒抜けの状態なのだ。

「 ‥‥‥そう‥か 」 ヤツの能力の計(はか)り知れなさを改めて痛感したぼくは、『ソラの空白』存続可否への心配も相まって、全身から力が抜けていった。

ヤツは、ぼくがそんな精神状態に陥(おちい)っていることも具(つぶさ)に察知して、その上でぼくの認識の甘さを責めるでもなく、ただ淡々と、解説し始めた。
「 断(ことわ)っておくが、この件はおまえ自身の自我が突きつけていた警告を、おまえがすでに受け入れを済ませているはずのものなんだぜ。おまえの心の真ん中にある『失った娘の形をした空白』がこのまま成長し続ければ、近い将来おまえの精神は必ず崩壊する。おそらくこっ酷(ぴど)く、二度と修復など出来ない程にめちゃめちゃにな‥‥ ゆえにおまえの自我が導く防衛策として、空白を消滅させるためのシナリオを、おまえがおまえ自身の手で描いたというわけだろうが。 違うか? 」

「 ‥そうだろう。 おまえの‥ 言う通りなんだろう‥ 」

「 ああ。もっと納得がいくよう更につけ加えて言っておくが、おまえの精神崩壊の前兆は、すでに顕著に確認できる。例えば、他人の幸福を妬(ねた)み、能動的な人的交流から自分をどんどん遠ざけていく。世の中にある欺瞞(ぎまん)や欠陥(けっかん)を一つ一つ論(あげつら)い、突然大声を上げて非難し、傍らにいた奥さんを驚かせる。特に地域の医療体制への不信感は、医師個人に対する不信へとすり替えられ、延(ひ)いては人間を、世の中の構成員としての一人一人の人間を、おまえはおまえの理屈をもって自らを正当化しー ー 「 わかった!! わかったからもうやめろぉ!! 」

ぼくは居たたまれず、思わずヤツの講釈(こうしゃく)を遮(さえぎ)っていた。

次回へ続く