悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (269)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百五十四

「 ふぅうゥゥぅ‥ 食った! 全部食ったぞぉ!! これでもう思い残すことはないぜ! 」
少し離れた場所に座り込み、残しておいた大好物のチョコを独り黙々と食べていたモリオが突然、深いため息とともに大声を上げた。

高木セナの両腕をリュックに仕舞っている時に感じた『違和感のようなもの』。その正体が何なのか答えを探し求めていたぼくは、聞こえてきたモリオの大声に思考を途中で遮(さえぎ)られ、反射的に彼の方を振り向いていた‥‥‥‥

「 モリオ‥ もう思い残すことはないなんて、随分と大げさな口振りだなあ‥ 」
「 ふん、後からのこのこやって来たおまえに何が分かる? ここにいたらみんながみんな、片っ端から壊れちまうんだよ 」
「 壊れちまう?‥‥ 」
ぼくは、モリオの言葉に、ほどなく対峙(たいじ)することになるであろう‥ハラサキ山の魔物『ヒトデナシ』の存在を強く意識した。

「 モリオ、聞いてくれ。ぼくは、君を含めてここに集められたみんなを、ここから連れ出そうと思ってやって来た。助けたいんだ。だから、協力してくれないか? 」
ぼくは、行方知れずになったセナのことにひとまず目を瞑(つぶ)る決断をし、まずはモリオから、できるだけたくさんの役に立ちそうな情報を得ようと考えた。急がば回れだ。
モリオは、上目使いで怪しむ様にしばらくぼくの顔を窺(うかが)っていたが、「 ふん‥ 」と言って目を逸らした。
「 遅いよ。手遅れだ。今更、誰も助けられやしないさ。まともでいられてるのはたぶんもう‥このオレくらいのものだからな‥‥‥ 」
モリオの消え入りそうなそんな返答は、ぼくを黙り込ませた。


「 だったらモリオ‥‥ 参考の為に、せめて今いるこの場所が、『どんな場所』なのか教えてくれないか? 」
打つ手の見つからぬ雰囲気の沈黙の中をしばらく彷徨(さまよ)った後、ぼくは結局重い口を開き、彼に問いかけていた。
「 四方(しほう)目の届く範囲には、人も物も仕切りも、何も見当たらない気がするんだが‥‥‥‥ 」

「 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 」
モリオの口も、明らかに重そうだった。が、数分後‥‥ 思い出したみたいに突然口を開き、こう言った。

「 オレもこの廃墟へ来てから‥‥ あっちこっちをうろうろしてただけの人間だから、そのつもりで聞いておけ。 ‥‥たぶん、今オレたちがいるのは、廃墟全体のちょうど真ん中辺(あた)りの場所なんだと‥‥思う。 最初から何もなくて、誰も寄りつこうとしない、実を言うと初めて足を踏み入れた時から、何だか気味の悪い空間だなあと‥‥ 思ってた 」

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (268)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百五十三

「 きっとどこかで死んでるかもな‥‥ でも心配するな。そのうち、生き返って帰ってくるさ。ここはそういう場所なんだからな‥‥‥ 」

モリオのそんな言葉に、ぼくは沈黙するしかなかった。
彼の言っている『ここはそういう場所』とは、何も今いる『巨大迷路廃墟の中』だけではなくて、きっと『芝生広場』を含めた『ハルサキ山全部』を指すものなのだろうと思った。
「 ‥分かってるさ。たぶんぼくもそんな出来事を、すでにいくつか体験して来たよ。葉子先生の場合も、そうだったんだろう? 」
今度は、ぼくの言葉に、モリオが沈黙する番だった。

「 ‥‥‥‥知ってたのか 」 しばらく黙り込んだ後、モリオは言った。「 確かに葉子先生は死んでいたんだ。でもおまえが林の中から出て行って、しばらくして‥‥‥ 今まではただ眠ってただけってな感じで急に目を開けて、起き上がったんだ 」
「 やっぱりそうか‥‥ そしてその後、葉子先生はおまえ達みんなを、巨大迷路廃墟へ誘ったんだな‥ 」
「 ああ、いっしょに来るように言われた。まるで今までと別の人になっちまったみたいな口振(くちぶ)りでさ‥‥ 」

「 ‥‥‥‥そうか 」 ぼくはモリオの話を聞いて、風太郎先生のケースを思い出していた。
芝生広場の窪地(くぼち)状になっている場所で風太郎先生の死体を見つけた時、その首はもげ、胴体は二つに引き裂かれていた。そしてしばらくして、芝生広場駐車場から見下ろせる茂みの中をツジウラ ソノを引き連れて歩く怪しい人影を発見し、それが風太郎先生だと知った瞬間、にわかには信じられなかった。双眼鏡で覗(のぞ)く限り、首も胴体もちゃんと元通りにくっついていたのだから‥‥‥‥

はたして‥ 風太郎先生も葉子先生も、本当の意味で生き返ったのだろうか?‥‥
そんな当然とも言える疑問が頭の中を占領(せんりょう)していたが、ぼくは今さら口には出さなかった。それを含めた全ての疑問を解決し、みんなを開放するために、ここまで来たのだ。


モリオが、ぼくがこの場所に突然現れたことも、ぼくの左手に絡みついている両腕だけになった高木セナの安否すら、もはや一切の興味を無くした様子で、次のチョコレートをつまんで口に放り込んだのを見て、ぼくは自分だけでセナの行方(ゆくえ)を突き止める決意をした。
冷静さを保持するために、取りあえずの行動として、絡みついたままのセナの両腕を自分の左手から慎重に引き剝がし、紛失しないようにと、背中から下ろしたリュックサックの中に一本ずつ丁寧に入れていった。その時‥‥‥‥‥

「 ん?‥ 」

何だか分からないが、忘れ物でもしているみたいな‥‥ 居心地の悪い、違和感のようなものを‥‥ 感じて‥いた。

次回へ続く