ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (61)

最終話「夕暮れ」 その十八 「缶蹴り」前編

小学校は、木造一部二階建ての古いものだった。
横に三列校舎が並び、それらをつなぐ形で縦に一列、北を上にして空から眺めるとカタカナの「ヨ」の字を描く。「ヨ」の字の南、右下には屋根付きの渡り廊下でつながった「講堂」と呼ばれる、今でいうなら体育館の用途の建物があって、さらにその南、段差が2メートル程設けられた場所には「運動場」が広がっていて、校舎側から隅々まで見渡せた。

小学六年生のA君は、校舎と運動場の間の広い中庭に立って、講堂の外壁に掛けられている大時計を眺めていた。
「・・今・・・・何時ごろやろ?」
時計は2時7分を指していた。永遠の2時7分・・。故障して修理がいるというより、もはや廃棄されるのを待っていた。その事を知っていながらついつい見てしまう存在感だけは、まだあった。

平日の放課後、その日は学習塾がなく天気も良かったので、帰宅してランドセルを置いた後、再び小学校へと足が向いた。
案の定、夕飯までの時間を持て余した同級生らがいて、A君を含めて八人が集まったので、久しぶりに「缶蹴り」をすることになった。
いつものように給食室の外のゴミ置き場から、食材の入っていたであろう大き目の空き缶を調達してきた。現代のように自動販売機がそこら中にあって、空き缶がすぐに手に入る時代ではなかったし、何よりもグリンピースや果物などの缶は、蹴り心地と踏んだ時の安定感が良かった。

空き缶は、校舎と運動場の間の広い中庭に配置された。そこには花壇があり、百葉箱があり、ふたたび「ヨ」の字の視点で説明すると、「ヨ」の左下に、小学校と同じく町立の「幼稚園」が建っていて、同じ敷地内ということで他に砂場、ブランコ、ジャングルジム、雲梯などもあった。つまりは、身を隠す場所や障害物がほどよく有って、缶蹴りをするにはおあつらえ向きの空間だったのだ。

缶蹴りが始まった。ジャンケンでB介君が「鬼」。A君が最初に見つかって、缶を踏まれた。
次はA君が鬼になった。が・・・それから鬼が続いている。かれこれ十回近く缶を蹴られて振り出しに戻った。
A君が特別「どんくさい」わけではない。集まったメンバーに「手練れ(てだれ)」が揃っていた。低学年の頃から数限りなくこの遊びに興じてきた六年生が、久しぶりで血が騒ぎだしたのか、本気になっている。

A君は、缶から3メートル以上は離れられなかった。
さっきは二人見つけて缶を踏んだ後、C太を見つけて名を呼び、すかさず缶を踏んだ。しかしそれは、C太がさっきまで身に着けていた服を着て、C太のトレードマークである野球帽をかぶったD雄君だった。
「俺はC太やないぞー!」
そう叫びながら全速力で駆けてきたD雄君は、戸惑うA君を横目に、思いきり缶を蹴り上げた。
カコーン!
また、振り出しにもどった。

A君の辺りを警戒する目線が、またもや講堂にかかった時計をとらえてしまった。
「まったくもう・・・・いったい今何時なんや・・」

次回へ続く
完結させるつもりが、長くなりそうです。すみません。

 

ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (60)

最終話「夕暮れ」 その十七
宮川一朗太扮する高校受験生沼田茂之が、ただ黙々と鉛筆を動かし続けています。
ノートに書かれているのは「夕暮れ」、その文字の羅列。
夕暮れ、夕暮れ、夕暮れ、夕暮れ、夕暮れ、夕暮れ・・・・・・・・
鉛筆の芯と紙の摩擦音。ページが「夕暮れ」で埋め尽くされていきます。
そこに、茂之の頭の中のイメージでしょうか、いくつかのショットが挟まります。通学に使っている土手でしょうか、ススキが夕日を受けて揺れています。仕事を終えた路線バスが、バックして駐車場か車庫に収まろうとしています。他愛のない夕暮れ時の風景。

狭い部屋、勉強机に向かう茂之は、すぐ隣に座っている松田優作扮する家庭教師の吉本に、ノートを見せてこう言います。
「夕暮れを完全に把握しました・・」

森田芳光監督作品、映画「家族ゲーム」のワンシーンです。
どういうわけか私は、幾多の場面の中で、このシーンをよく思い出します。そして思うのです。
何かに夢中になっていると「夕暮れ」は、把握する準備もしないまま、いつの間にかやって来てしまうものだと・・・・・

小学六年生の冬に入って、「少年期の夕暮れ」が訪れようとしていたのは確かです。
塾に通いだし、部屋で何かをする時間が増え、外で遊ぶことが少なくなっていました。
何よりこの時期、世の中や人に対して複雑な感情を抱くようになっていて、自分自身の存在に対しても「しっくりこない」というか、何かあやういものを感じていました。まわりのあらゆるものに、自分にさえ「安心」出来ない、「安心」を手に入れられない状態が続いていたのです。
まるで、いきなり周りの景色の明度が落ち、遠くまで見渡せなくなった感覚。確かめるためには目を細めなければなりません。

すっかり遊びに夢中になっていて、ひとつの・・「夕暮れ」が来ていました・・・・

次回、最終話「夕暮れ」、完結です。