ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (13)

第三話「秘密基地」 その二
「白い闇」について書き進める前に「トンネルの顔」について触れておかなければなりません。

まだ夏の盛りの頃でした。
まるで山全体が鳴いているのではと錯覚してしまうほどのセミの大合唱を聞きながら、私と友人は自転車を押しながらどれどれ坂を上っていました。その先には例のトンネル。
「トンネルや。トンネルの中はひんやりして涼しいぞ。」
「・・・・・・」
流れる汗をそのままに私はただうなづいて返します。

既に私はトンネルで目撃した顔の正体を知っていました。
幾度となくバスで行き来するうち、やはり「顔」はそこにあって単なる落書きであったことがわかります。
一度、歩いて通り抜けた際まじまじとそれを観察してみると1メートル余りの高さの内壁に4、50センチの大きさで、拾った石でも使ったのか荒々しく削ったように丸い輪郭と吊り上がった両目、ギザギザの歯がむき出しになった口が描かれていました。
至極単純で稚拙な絵です。

しばらくして私は絵から顔を背けました。
私にとってそれはとてつもなく「嫌な絵」に思えたからです。
何の迷いもない線の勢いが迫ってくるからか、何らかの悪意が感じ取れたからか、はっきり言えませんが、例えばショッキングな「心霊写真」を見せられた時の感覚に似ています。
長く見つめていると一生脳裏から離れなくなるのではないかと思わせる、そんな負の力を感じたのです。

(誰が描いたん・・何のためや・・・)

正体が知れてもすぐにまた次の謎が輪をかける・・それが現実です。
現実は、本の物語やテレビドラマと違ってたくさんの謎を振るだけ振って完全なる答えを何一つ用意していないのです。
完全なる答え、解決がないものに「安心」は永遠に訪れないでしょう。

幼い私にはなす術のない壁のような現実の姿です。

山が迫り日陰となってトンネルの入り口が現れました。
「ひぇー。やっぱり涼しいわ!」
友人の声がトンネル内に反響します。
「ホントや・・」
「ひゃっほー!ほぉおー!」
暑さから逃れられた喜びからか、友人は奇声を発しながら自転車にまたがり走り出しました。私も追いかけるように続きます。
入り口からトンネルの三分の一ほどいった所の左側の壁を通り過ぎる瞬間、私も叫びました。
「わああぁぁあぁぁ!」
私の声も反響し私自身の耳にも届きましたが、その残響の最後の刹那、臆病な私を嘲る「顔」の笑い声が聞こえた様な気がしました。

次回へ続く

ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (12)

第三話「秘密基地」 その一
固定相場で1ドルが360円だった頃、百円や五百円がまだ紙幣だった頃、私は小学四年生になっていました。

兄からのお下がりの自転車を時々乗り回すようになり行動範囲も格段に拡がっています。
私の町は吉野熊野国立公園の海岸部の只中にあり、絶景の二つの岬と澄みきった海を持つ自然に恵まれた環境で今思えば最高の贅沢だったのかもしれませんが、その価値に気づくのは随分と後になってからの事でした。

子供の興味の目線はいつも仰角にあるわけではなく、実際はたいがいが俯角の方向にあります。
自然の素晴らしさなどより例えばテレビに映し出されるだけで目の前に存在しないもの、目の前にあっても簡単に手に入れられないもの達に心を奪われているのです。
その日も私は駄菓子屋の前に自転車を無造作に留め、今買ったばかりの紐のついた「くじのハズレ」の飴を舐めながらショウウィンドーを眺めていました。

小さな出窓のようなショウウィンドーに所狭しと積まれたプラモデルの箱。
ひとつの機体が三つに分離して戦うことの出来る高性能戦闘機、ドリルの回転で地中を自在に進むタンクなど、未来への憧れのカタチが箱に入って飾られています。

小さな町ですが子供相手の駄菓子屋が指折り十軒ほど存在していて、駄菓子・玩具・くじ物のほか夏はかき氷、冬にはタコ焼きをだす店もありましたが、なかでも私のお気に入りはA店とK屋でそこにはプラモデルが売られていたのです。

当時の十円の価値は今の百円ほどでしょうか?
数十円の物はともかく大きな箱の高価なプラモデルはいつも眺めるだけの存在で、例えばお小遣いを貯金して買おうと計画しても、半分も貯まらないうちに店頭から消え失せているというのがパターンで、妥協するという事をこういう処で学んだのかもしれません。とりあえず今買えるものを買っておく。
おかげで小さなプラモデルはたくさん買った気がしますがそれはいつまでも満たされない気持ちを味わうだけの存在で、永遠に出ない「アタリ」の商品を眺めながら「スカ」ばかりを引き続ける感覚に似ていました。

フーッとため息をひとつ。
友達と遊ぶ約束もない夕暮れ時、私は自転車にまたがりゆっくりと漕ぎ出します。
季節は初秋、セミの声がいつの間にか遠のき小さなトンボが町中を飛びまわっていました。
プラモデルの事を考えながら走らせた自転車は気が付くと普段はあまり立ち入らない地域に私を運んでいました。

‥と瞬間‥‥微かに耳に届いたピアノの音。

自転車を止め辺りを見回す私。
私がこの後経験した感覚を例えるならば、「白い闇」とでもいうのでしょうか・・・

次回へ続く