悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (306)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百九十一

「 今のおまえの口からそこまでの情報が聞けたのは、満足な結果だった。これからオレが話すことに対しても、十分な裏づけとなっているからな‥ 」 ヤツは嬉しそうに言った。

「 裏づけ‥だって? いったい何のことだ? 」

「 まあ、聞いておけ。まずおまえに伝えたいのは、巨大迷路廃墟の外壁に吊るされている百二十一人の死体からはことごとく肝臓だけが切除され、どこかへ消え失せていたという事実だ 」

「 なっ!何だって!? 」

「 念の為にもう一度確認しておくが、『オレのヒトデナシ』が手を下したのは四人。しかし、ただ排除しただけで、この廃墟まで運んで腹を裂き、吊るすようなことはやっていない‥ 分かるよな? 」

「 ‥‥つまり、その四人を含めた百二十一人の腹を裂いた上で外壁(そとかべ)に逆さまに吊るしたのは‥『ぼくのヒトデナシ』‥‥で? 」

「 そうだ。その百二十一人の死体全部から、肝臓を切り取って持ち去ったのも『おまえのヒトデナシ』ということになる‥‥‥ 」

「 まさか‥ そん‥な‥‥‥‥ 」 ぼくは、言葉を失った。


「 この巨大迷路廃墟の外壁ぐるりを、『大きな赤い花』に見立てた百二十一の死体で飾りつける‥ 確かにそれも『おまえのヒトデナシ』の目的であり使命であったのかも知れないが‥‥ 」
沈黙したまま微動だにしない‥そんなぼくの姿を上目遣いに観察しながら、仕切り直すように、ふたたびヤツが語り出した。
ぼくは、『頭の中にある霧がかかった領域の存在』をずっと自覚していたし、『霧につつまれて隠れて見通せない先にある景色』も、実は当たり前のように知っている気がしていた。しかしぼくは、そちらを向いていないし、見ていない。なぜならそちらには、『霧がかかっている』から‥‥。それだけだ。
そして今、ヤツは何をしているかと言うと、ぼくに向かって叫んでいるのだ。『 霧は晴れた!』と‥。『 こちらを見てみろ!』と‥‥‥‥‥

「 もしかして『おまえのヒトデナシ』にとっての最も重要なミッションは最初から、まるで生贄(いけにえ)のごとく『ハルサキ山』に引き寄せられた百二十一人の男女から、肝(きも)を切り取って集めること ではなかったのかい? 」

ヤツが、『 こっちを見ろよ!』と、そっちを見ないでいるぼくの肩に手をかけて、力尽(ちからず)くで振り向かせようとしていた。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (305)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百九十

「 いや‥失礼。随分と品の無い声を出してしまったな‥ 」 珍しくヤツが謝った。

その時にはもう‥『人を小馬鹿にした 歪んだ笑み』は、ヤツの表情から跡形(あとかた)もなく消え失せていた。そして今度は、『無理やり醸(かも)し出したような親密感』で、ぼくにやんわりとこう催促(さいそく)して来た。
「 思い出せるなら‥ その辺りの話をもう少し聞かせてくれるかい? 」

「 ‥‥‥ああ‥ わかった 」 ぼくは、少し憮然として言った。
ヤツが、何かの企(たくら)みを隠してぼくを誘導しようとしていることは、明らかだった。しかしそれを指摘し歯向(はむ)かったところで、ぼくの思考のそのほとんどがヤツに筒抜けであるからには、やはりここでもヤツの言う通りにするしかないと思った。


「 はるさき山の集落で起きた‥村人皆殺しの猟奇殺人事件‥‥ 調べを進めていた官憲(かんけん)からは、犯人の目的は『人間の肝臓の収集』であったのではないか、という囁(ささや)きが聞こえて来たそうだ。当時はまだ、とんでもない迷信や民間療法が罷(まか)り通っていた時代だったから、『人の肝(きも)』は、不治の病や難病の特効薬として、中々の高値(たかね)で取引きされていて。例えば処刑死体から切り取った肝臓を塩干しにしたものや、すり潰して丸く固めた丸薬(がんやく)などが売り買いされていたらしい‥ 」

「 なるほど‥ つまり犯人は金儲けのためだけに村人全員を殺し、腹を切り裂いて肝臓を持ち去ったという顛末(てんまつ)か‥‥ 」

「 事件は解決には至らなかったので、何もかもが不明のままらしいが‥‥ だからこそ『ヒトデナシの伝承』が誕生したんだろう‥ 」

「 なるほどな‥ 」 ヤツは納得して頷いた。しかしその納得の仕方は、どこか芝居がかって見えた。

「 肝臓を抜かれた犠牲者の中には、年端(としは)もいかぬ子供や‥、生まれて間もない赤ん坊まで含まれていた。金儲けのためだけでこんなことが出来たのだとしたら、犯人は本当のひとでなしに違いない‥‥ 事件の噂を耳にした近隣の住人達は、皆そう言ったそうだ。中には、『集めた肝は全部、そのひとでなしが食っちまったんだ』とか‥、『そのひとでなしは人の肝を食らうことで、何百年も命を長らえてきた魔物だったんだ』などと実(まこと)しやかに騒ぐ者も現れた‥‥‥‥ つまりそういう事が一つ一つ、今の『ヒトデナシ伝承』へと繋がっている‥‥‥のだろう 」

パチ‥ パチパチパチ パチ‥‥
いきなり、手を揉(も)みながらの拍手が、すぐ近くで鳴り響いた。
言わずと知れたヤツの仕業で、顔にはふたたび『人を小馬鹿にした 歪んだ笑み』が張りついていた‥‥

次回へ続く