我が心の青春映画 三選

昨年の五月の連休にも、映画のお話をさせて頂いたと記憶しております。
なぜならそもそも『ゴールデンウイーク』という言葉は、映画業界の方々が、連休中の観客動員促進のために使用したキャッチコピーが始まりだった、と聞き及んでいたからです。
だから今年もそんなエピソードに敬意を表する意味で、やはり映画について書いてみたいと思います。

例えば‥ 初夏の真っ青な空をバックに、刻々その形を変えながら白い雲が通り過ぎて行きます。
例えば、そんな眺めの一瞬一瞬がいつの間にか、自覚のないまま目に沁み心に染み入って居座り、いつまでも去ろうとしなくなる‥‥。『青春の風景』などというものは、大抵そういうもので、知らぬ間に見送っていた遠い過去の追憶の中に存在しているように思います。そんな『青春の風景』を、スクリーン上で見せてくれた気がする『私のお気に入りの青春映画』を三本、今回はご紹介しましょう。

まずは、1998年公開の がんばっていきましょい
敷村良子原作、磯村一路監督、なっちゃんこと田中麗奈の初主演映画です。
愛媛県松山市のとある伝統高で、女子ボート部設立のためにに集った主人公とその仲間達の成長の物語です。
瀬戸内の美しい海辺を背景に、オールを握ることすら初めてだった面々がやがて競技会に出場し、一歩一歩前進することで新しい景色と出会っていきます。
初々しい田中麗奈の存在感は、格別のものでした。

続いては,、2005年公開の リンダ リンダ リンダ
山下敦弘監督作品。
文化祭を間近に控えた地方高校の、軽音楽部のお話。
手を怪我したギターとメンバー同士の確執で、五人組ガールズバンドは二人が欠員の空中分解状態。文化祭でのステージを諦めきれないキーボードの恵(香椎由宇)は、自分がギターをやると言い出し、ドラムスの響子(前田亜季)とベースの望(関根史織)を引き連れて、準備で騒々しい構内を当てもなく彷徨った挙句座り込み、欠けているボーカルを引き受けてくれる誰かがいないか、探し始めます。そこに偶然通りかかったのが、韓国から来た留学生のソンちゃん(ぺ・ドゥナ)でした。
拒否するソンちゃんを強引に説き伏せ、彼女ら四人は当日のステージに急遽エントリーします。そんなわけで選択した楽曲は、民生でもJITTERIN’JINNでもなく、『リンダ リンダ』『僕の右手』『終わらない歌』の THE BLUE HEARTS だったのでした。校舎の屋上に自前の単行本とクーラーボックスを用意して、ほとんど暇つぶしみたいに漫画喫茶を出店していた軽音の先輩女子。恵からBLUE HEARTSをやると聞かされて、「 熱いねェ 」と唸りました。

続いての三本目も、同じ山下監督の作品。
くらもちふさこ原作で、2007年公開の 天然コケッコー
島根?のどこかの片田舎、小中の生徒が一つの校舎で学ぶ過疎の村の学校。そこで小学生の世話をしながら毎日学校へ通うのは、夏帆演じる中学生のそよ。最近東京から転校して来て、どこか冷たそうな感じのする岡田将生演じる大沢。この若いふたりの先々のやり取りと、村のあちらこちらの佇まいやら営みが醸し出す雰囲気を観ているだけで、私は何か大切なものを満喫できた気がしました。


悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (286)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百七十一

ヤツが漏らした一言(ひとこと) 二言(ふたこと)が、ぼくの心に激しい波風(なみかぜ)を立てていた。

そもそもぼくがこの巨大迷路廃墟に乗り込んできた目的は、操られる様に集められたみんなをここから連れ出し、ハルサキ山の魔物『ヒトデナシ』を退けることによって、魔物のすべての影響下から全員を解放するというものだった。
しかし、いざ蓋(ふた)を開けてみればそんなものはただの『ごっこ遊び』で、ハルサキ山を血で染めていった『ヒトデナシ』にしたところで、ヤツがぼくの記憶の断片からトレースして登場させた『傀儡(くぐつ)』の様な存在であるらしかった。つまりは全てが、ぼくがこの遠足を少しでも楽しむためにわざわざ自分で用意していた余興(よきょう)の一つに過ぎないのではあるまいか‥という気がした‥‥‥‥

「 ‥ぼくは今‥どこにいて‥‥ 本当は何をしようと‥してるのだろうか?‥‥‥ 」
そう呟(つぶや)いて、ぼくは自分が立っている足元に目を落とした。

前方のつかず離れずの場所にいる葉子先生の姿をしたヤツは、「 自分で答えを出してみなさい 」とでも先生口調で言いたげに、そんなぼくの様子をただ黙って見ていた。


それは数十秒だったかも知れないし、数十分もしくは数時間だったかも知れない。
いずれにしろ、計り知れない自問自答を繰り返した時間の後、「 そっ そうなのか? 」と口にしたぼくは顔を上げ、辺りを見回し、最後に頭上に広がる中空(ちゅうくう)を仰いだ。
言うまでもなく、ぼくが今佇(たたず)んでいる場所は『ソラの空白』の中。娘の死後、ぼくが頑(かたく)なに守り続けて来た、ぼくの心の真ん中にある何物の侵入をも許さない、娘の姿形(すがたかたち)の輪郭をした完全なる空白。それが、どういう訳か巨大な空間となってここにある。最初ここに辿り着いたすぐには、あまりの大きさに輪郭の全体像を把握できず気づかなかったが、それは、ソラがベッドの上でほとんどを過ごすようになってからいつもしていた姿の、『お気に入りのパジャマを着て、両足をハの字に前方に投げ出し、両手をだらりと垂らした状態で座っている』そんな姿の輪郭だった。

そんなものがなぜここに? ぼくの心の中でひたすら秘してきた『ソラの空白』がなぜ、こんな場所に出現しているのかが理解できないでいる。
だが、ヤツが言うところの、排除すべき対象となる『次元の変形や偏(かたよ)りの原因となっているもの』とはもしかしたら‥‥ この『ソラの空白』?

「 その通りだ 」
言葉にはしていないぼくの頭の中の考えに、答えるヤツの声がした。

次回へ続く