悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (287)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百七十二

ヤツが言うところの、排除すべき対象となる『次元の変形や偏(かたよ)りの原因となっているもの』とはもしかしたら‥‥、この『ソラの空白』?

「 その通りだ 」
言葉にはしていないぼくの頭の中の考えに、答えるヤツの声がした。
「 な! 何だって!? 」 ぼくは驚いて、ヤツの顔を見据えた。葉子先生の姿の葉子先生の顔が、こちらを観察する様に見ていた。
「 あなたの考えている通りだと言ったのよ 」 ぼくが葉子先生を僅(わず)かに意識した途端、今度は葉子先生の声音(こわね)を使って語りかけて来た。やはりぼくの思考は些細(ささい)なことまで、ヤツに筒抜けの状態なのだ。

「 ‥‥‥そう‥か 」 ヤツの能力の計(はか)り知れなさを改めて痛感したぼくは、『ソラの空白』存続可否への心配も相まって、全身から力が抜けていった。

ヤツは、ぼくがそんな精神状態に陥(おちい)っていることも具(つぶさ)に察知して、その上でぼくの認識の甘さを責めるでもなく、ただ淡々と、解説し始めた。
「 断(ことわ)っておくが、この件はおまえ自身の自我が突きつけていた警告を、おまえがすでに受け入れを済ませているはずのものなんだぜ。おまえの心の真ん中にある『失った娘の形をした空白』がこのまま成長し続ければ、近い将来おまえの精神は必ず崩壊する。おそらくこっ酷(ぴど)く、二度と修復など出来ない程にめちゃめちゃにな‥‥ ゆえにおまえの自我が導く防衛策として、空白を消滅させるためのシナリオを、おまえがおまえ自身の手で描いたというわけだろうが。 違うか? 」

「 ‥そうだろう。 おまえの‥ 言う通りなんだろう‥ 」

「 ああ。もっと納得がいくよう更につけ加えて言っておくが、おまえの精神崩壊の前兆は、すでに顕著に確認できる。例えば、他人の幸福を妬(ねた)み、能動的な人的交流から自分をどんどん遠ざけていく。世の中にある欺瞞(ぎまん)や欠陥(けっかん)を一つ一つ論(あげつら)い、突然大声を上げて非難し、傍らにいた奥さんを驚かせる。特に地域の医療体制への不信感は、医師個人に対する不信へとすり替えられ、延(ひ)いては人間を、世の中の構成員としての一人一人の人間を、おまえはおまえの理屈をもって自らを正当化しー ー 「 わかった!! わかったからもうやめろぉ!! 」

ぼくは居たたまれず、思わずヤツの講釈(こうしゃく)を遮(さえぎ)っていた。

次回へ続く

我が心の青春映画 三選

昨年の五月の連休にも、映画のお話をさせて頂いたと記憶しております。
なぜならそもそも『ゴールデンウイーク』という言葉は、映画業界の方々が、連休中の観客動員促進のために使用したキャッチコピーが始まりだった、と聞き及んでいたからです。
だから今年もそんなエピソードに敬意を表する意味で、やはり映画について書いてみたいと思います。

例えば‥ 初夏の真っ青な空をバックに、刻々その形を変えながら白い雲が通り過ぎて行きます。
例えば、そんな眺めの一瞬一瞬がいつの間にか、自覚のないまま目に沁み心に染み入って居座り、いつまでも去ろうとしなくなる‥‥。『青春の風景』などというものは、大抵そういうもので、知らぬ間に見送っていた遠い過去の追憶の中に存在しているように思います。そんな『青春の風景』を、スクリーン上で見せてくれた気がする『私のお気に入りの青春映画』を三本、今回はご紹介しましょう。

まずは、1998年公開の がんばっていきましょい
敷村良子原作、磯村一路監督、なっちゃんこと田中麗奈の初主演映画です。
愛媛県松山市のとある伝統高で、女子ボート部設立のためにに集った主人公とその仲間達の成長の物語です。
瀬戸内の美しい海辺を背景に、オールを握ることすら初めてだった面々がやがて競技会に出場し、一歩一歩前進することで新しい景色と出会っていきます。
初々しい田中麗奈の存在感は、格別のものでした。

続いては,、2005年公開の リンダ リンダ リンダ
山下敦弘監督作品。
文化祭を間近に控えた地方高校の、軽音楽部のお話。
手を怪我したギターとメンバー同士の確執で、五人組ガールズバンドは二人が欠員の空中分解状態。文化祭でのステージを諦めきれないキーボードの恵(香椎由宇)は、自分がギターをやると言い出し、ドラムスの響子(前田亜季)とベースの望(関根史織)を引き連れて、準備で騒々しい構内を当てもなく彷徨った挙句座り込み、欠けているボーカルを引き受けてくれる誰かがいないか、探し始めます。そこに偶然通りかかったのが、韓国から来た留学生のソンちゃん(ぺ・ドゥナ)でした。
拒否するソンちゃんを強引に説き伏せ、彼女ら四人は当日のステージに急遽エントリーします。そんなわけで選択した楽曲は、民生でもJITTERIN’JINNでもなく、『リンダ リンダ』『僕の右手』『終わらない歌』の THE BLUE HEARTS だったのでした。校舎の屋上に自前の単行本とクーラーボックスを用意して、ほとんど暇つぶしみたいに漫画喫茶を出店していた軽音の先輩女子。恵からBLUE HEARTSをやると聞かされて、「 熱いねェ 」と唸りました。

続いての三本目も、同じ山下監督の作品。
くらもちふさこ原作で、2007年公開の 天然コケッコー
島根?のどこかの片田舎、小中の生徒が一つの校舎で学ぶ過疎の村の学校。そこで小学生の世話をしながら毎日学校へ通うのは、夏帆演じる中学生のそよ。最近東京から転校して来て、どこか冷たそうな感じのする岡田将生演じる大沢。この若いふたりの先々のやり取りと、村のあちらこちらの佇まいやら営みが醸し出す雰囲気を観ているだけで、私は何か大切なものを満喫できた気がしました。