悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (301)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百八十六

明日の死を覚悟した者が、今日という一日を‥‥
何事にも左右されず、邪魔させず‥‥
悔いなく生き尽くそうとしている‥‥‥ か‥

ぼくは、ヤツが言った言葉をゆっくりと頭の中で反芻(はんすう)し、それまでのヤツの指摘を加味しながら、ぼんやりとその意味を考えていた。

ヤツの例えた『死』ではないが、自分が今抱えている感情を突き詰めるしかできないことで漂い始めていた『破滅の気配』を、実は薄々感じ取っていた‥‥‥
この遠足を『楽しんでいる』つもりはなかったが、『娘を失ってからも容赦なく継続していく残酷な日常』からは、『束の間(つかのま)解放されている』という感覚は、確かにあった‥‥‥
しかし、『知らず知らずのうちに巻き込まれてしまった、通りすがりの第三者』あるいは『何も知らない善良な者』などと、自分を装っているつもりはさらさらない‥‥‥‥‥


「 やれやれ‥ 」 ヤツが不満の声を漏らした。
おそらく勝手に思考を読み取り、依然として煮え切らないぼくのそんな状況を知り、つくづく呆(あき)れ果てたのかも知れない。
「 ここまでおまえが、真に『自覚』することを、遥か遠くへ押しやってしまっているとはな‥。ここまで来てもまだそうやって平然と振る舞えているのはきっと‥‥、おまえが『おまえのヒトデナシ』に、人として親として夫として‥、到底(とうてい)看過(かんか)出来ない部分を全部、肩代わりさせているからだろうよ 」

「 道理(どうり)で『おまえのヒトデナシ』は‥ よく働くわけだ‥‥

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (300)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その百八十五

「 赤・い・花‥‥か 」 ぼくの口から、嚙みしめた様な言葉が漏(も)れた。
ハルサキ山を目指していた林の中の道すがら、木々の枝葉の隙間からチラリと覗(のぞ)いた、遥か前方に幽(かす)かに咲く‥一輪の『赤い花』‥‥‥
「確かにそうだった‥。遠足の序盤に垣間見た‥あの『赤い花』への好奇心が、その後のぼくを動かしていったんだ‥‥ 」

「 その通りだ。『おまえのヒトデナシ』は、排除した水崎先生の体を迷わず巨大迷路廃墟まで運び、腹を裂いて血にまみれた臓器を露出させ、『記念すべき最初の一体、もしくは最初の一輪?』として廃墟の外壁(そとかべ)に逆さまに吊るしたんだ。場所はもちろん決まっていて、廃墟の西側の外壁の真ん中辺りにだ。そこ以外だと、その時おまえが歩いていた林の中の道からは死角になってしまって、まったく見えないからなあ‥ 」

「 ‥‥そっ そうだったのか‥‥ 」 ぼくはしみじみと納得していた。ハルサキ山の芝生広場に到着してからも『赤い花』の残像は、ぼくの脳裏から決して消え去ることはなかった。結局、ぼくはその花を求めて探しまわるうち、様々な事態に遭遇し、振りまわされていくことになる。

「 クッ クククッ‥ 」 すると突然、ヤツの『葉子先生の顔』が歪(ゆが)み出したかと思うと‥ 「 グッハッハッハッハハァ ハッハッハハアァ! 」 豪快な高笑いがはじまった。

「 なッ 何がおかしいんだ!?? 」 ぼくは呆気(あっけ)にとられた。何よりも、葉子先生の高笑いする顔を初めて見た。

「 いや、すまない。 あまりにも滑稽(こっけい)だったものでね‥ 」

「 滑稽? だって?? 」

「 だってそうじゃないか。おまえはこの世界を拵(こしら)えておいて、さらにはここで起こることのシナリオまで描いておきながら、そのほとんどを『自覚』できないほどにどこかへ押しやってしまっている。それでもって、この世界の中に飛び込んで、まるで『知らず知らずのうちに巻き込まれてしまった、通りすがりの第三者』のごとく振る舞っているわけだからな。こいつはどう考えたって、笑ってしまうほど滑稽じゃないか! 」

「 ‥そう‥ か‥‥‥‥‥ 」 ぼくには、返す言葉が見つからない。

「 おまえが、この世界のこの遠足に求めたものは‥‥、蟠(わだかま)ってこじれてしまった数々の後悔の念や、もはや正しい意味ももたず無差別に先走って行く復讐心からの、自己の解放だったのかも知れない。なぜならおまえはこの遠足を、何も知らない善良な者として、徹頭徹尾(てっとうてつび)楽しもうとしてるんだからなあ。 まるで、今のおまえの心情は、例えるなら‥‥‥ 」

「 たっ‥ 例える‥なら?? 」

「 すでに明日の死を覚悟した者が、今日という一日を、何事にも左右されず邪魔させず、悔(く)いなく生き尽くそうとしている‥‥ といったところだ‥‥ 」

次回へ続く