悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (207)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その九十二

暗闇の中から染み出して来る様な幽(かす)かな『読経』の声は‥続いていた。
ぼくと高木セナは、電池(バッテリー)節約のためスマホの灯を落とし、その声がどこから流れて来ているのか、じっと聞き耳を立てていた。
声だけではなくて‥、拍子を取る『木魚(もくぎょ)』の音も響いていることに気づく‥‥‥

しばらくの間、ただその場で、じっと聞き耳を立てているだけだったが、読経の声と音は次第次第(しだいしだい)にはっきりと聞き取れる様になっていく気がした。

「‥そうか‥ ‥ 」
なぜかは分からない。ぼくはそう、呟(つぶや)いた。
そして、なぜかは分からないが、ぼくは目を瞑(つぶ)り、娘のソラを想った。

そうだった‥‥ 『ソラとのお別れの日』だった‥‥‥‥
大切なソラの体は‥ 病院からちゃんと戻ったのだろうか?‥‥‥
棺(ひつぎ)を飾る『約束の花』の用意は‥ しっかり整っているだろうか?‥‥‥‥


ソラとのお別れの儀式は、細(ささ)やかなものだったが、たくさんの人が駆けつけてくれた。
僕と妻のそれぞれの親族と友人、ソラの保育所の人達や病院の関係者‥‥。中でも驚いたのは、どこでどう聞きつけたのか、僕と妻の共通の同級生、つまり小学校時代のかつてのクラスメートの数人が、連れ立って姿を見せてくれたことである。
ほとんどが二十年余りの年を経てからの再会であったが、彼や彼女らは悲嘆に暮れる僕達を、懸命に慰めようとしてくれた。

「ありがとう‥ 杜生(もりお)に祐(たすく)‥ 」僕は彼らの名を、口に出してみた。「双葉(ふたは)と実登里(みどり)も‥わざわざありがとう。それに‥‥ 」それに彼らが携(たずさ)えてきた、当時の担任の辻占(つじうら)葉子先生のお手紙は、本当に有り難かった‥‥‥‥‥‥


カォォォォーン カンカン カォーン- ー ー ー
突然、読経を締めくくる磬子(けいす)の音が、一際(ひときわ)高く鳴り響いた。
ぼくははっとして我に返り、辺りを見回した。

周囲を包んでいた暗闇が、まるで澱(よど)だ霧が引いていく様に‥ 晴れ始めた‥‥‥‥

次回へ続く