第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その八十四
頭の中に『内なる声』が聞こえて来て、自分自身の判断や行動が左右されるということは、人には間々在り得る経験だと思っている。
それはつまり、自己意識の『自我の声』であり、時にその声は自己中心的なものであるだろうし、時には人としての良心に根ざしたものであるのだろう。
ぼくがつい先ほど聞いてしまった『自分の声』は、寝言や独り言などとはまったく別ものの、自分の口からしっかりと発せられた『本物のぼく自身の声』だった気がする。
ぼくはその時、平静だったつもりだが、『声』は明らかに感情的に怒鳴っていた‥‥‥‥
「‥‥わけが‥‥ わからない‥」 ぼくは、今度は正真正銘の独り言を言った。
まるで手の込んだ手品か、ふざけ過ぎてる冗談につき合わされてるみたいだ。
例えば、ぼくは腹話術の人形で、誰かがぼくを操(あやつ)り、勝手に喋らせてる感覚。いったいぼくは、ぼくの体と心には、何が起こっていると言うのだ?‥‥‥‥
「‥‥いや」
考えてはいけない。これも、ぼくがこの『小学二年生の遠足』に知らぬ間に参加している理由と同じで、突き詰めて考えようとすると、例の『強烈な頭痛』がまたやって来るに違いない。
ぼくは、雲に覆われたままの空を仰いだ。
考えて立ち止まっているより、目先に在る目的に向かって体を動かすのだ。そうすれば自(おの)ずと答えも見つかっていくものなのかも知れないではないか。例えその目的への行動自体が、ぼくという人形を操る誰かのシナリオ通りだったとしてもだ。
ザサザササァァー ー
ぼくは前進を再開した。気を取り直して、断じて操り人形などではない手と足を動かし、草を搔き分け踏み倒した。正体不明の風太郎先生に先導されていったツジウラ ソノを見つけ出し、彼女を必ず連れ帰るのだ。
バシバキザザザァ ザサッ 「!」
丈の高い草と樹々の隙間に、『こんもりとした緑の小山』が見え隠れし出した。巨大迷路の廃墟はもう目と鼻の先にある。勢い込む代わりに、ぼくは身を屈め、搔き分ける手と踏み出す足を出来るだけ音を立てない動きにシフトダウンした。
やがて深い茂みが切れ、十数メートル先に見覚えのある、緑の蔦(つた)で覆われたどっしりとした外壁(そとかべ)が姿を現した。
「ああ!」そしてぼくは思わず呻(うめ)き声を上げてしまい、人目につかぬ様、慌てて草の地面に突っ伏し身を潜めた。
外壁に咲く、『大きな赤い花』が増えていた。前回来た時には見当たらなかった廃墟の南側の壁にも、腹を裂かれてはみ出した、人間の臓器で出来た悍(おぞ)ましき赤い大輪が、そこかしこに吊るされていたのだ。
「大歓迎だな‥ いったいどれだけの人が犠牲になってるんだぁ??」
嚙み殺す様な独り言が、ぼくの口から漏れた。
次回へ続く