第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その六十九
人は、いつも遅きに失する‥‥‥
失ってはじめてそのものの本当の価値に気づき、後悔する。気づいた時にはもう全てが手遅れ‥‥、遅すぎるのだ‥‥‥‥‥
一人娘のソラを失ってはじめて、『生きていることの意味』が分かった気がした。
娘を授かったことは、生きる意味そのものだったし、人生の道標(みちしるべ)となるものだった。それを僕はいきなり失くしてしまったのだ。
ソラを葬儀で送り出してから‥‥、心の真ん中にぽっかりと空白が生まれた。どうにか代わりの何かで埋めようとしても決して埋まらない、埋めることができない‥‥『ソラという名』の『ソラの形をした』‥‥空白だった。
「こんな遠足‥‥ 来なければよかった‥‥‥‥」
葉子先生が、すでに息をしていないことを知っていたツジウラ ソノは、何かが起こっている事を察知して雑木林の入口まで戻って来たぼくと高木セナに、ただ一言、そんな言葉を呟いた。
後(のち)に、ツジウラ ソノに話を聞こうと、雑木林の中から小走りで芝生広場まで引き返した高木セナとその後を追いかけて来たぼくだったが、すでに姿を消してしまっていた彼女を、見渡す広場のどこにも見つけることはできなかったのだ。
ツジウラ ソノは、ひとりでどこかへ‥‥‥ 行ってしまった。
高木セナが、初めてまじまじとツジウラ ソノの表情を正面から窺(うかが)い、合わせて彼女の口から漏れてきた『遠足‥』の言葉を聞いた瞬間、駐車場のトイレに隠れていた時に見てしまった『夢』の詳細をはっきりと思い出したのだと言う。その『夢』は、高木セナとぼくが『大人になって結婚する』ことを暗示している内容らしいのは、ぼくもすでに承知していた。
最初に尋ねた時には顔を赤らめ恥ずかしがって話したがらなかった『夢』の内容を、今、高木セナは真面目な顔をして、ゆっくり、注意深く、語り始めた。
「気がついたら‥‥、私は誰かのお家の‥部屋の中にいた。部屋にはベッドがあって、ベッドの上にはちっちゃな女の子が座ってて‥‥、頭だけ横を向けて、二階の窓かな?ベッドのそばにある大きな窓から、ぼんやりと外の景色を‥見てたの。
私はどうやら、ベッドの足元にある椅子に腰かけてて‥‥、そこから斜め後ろに目をやると、その部屋のドアは最初から開けっ放しになってて‥‥、開いたドアにもたれるみたいにして、大人になったヒカリくんが、立ってた‥‥‥。
三人で会話し出したんだけど、話したのは、『遠足』のことだったわ。その会話の中で女の子は、ヒカリくんを『とうさん』、私のことを『かあさん』て呼んでたから‥‥、私とヒカリくんは夫婦で、女の子は私たちの子供だって‥‥分かったの。
それで、後で気づいて、本当にびっくりしたんだけど‥‥、その『女の子』の顔がツジウラさんにそっくりの!瓜(うり)二つだったのよ!」
高木セナはぼくの顔を見て、興奮気味にすかさず問いかけて来た。
「ねえ!このことって、何か特別な意味があるの? ツジウラさんって本当は、何者???」
次回へ続く