第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その五十七
ヒトデナシはもう! こんなに人を殺していたのか???
ぼくは双眼鏡で見たその光景にすっかり気が動転してしまい、冷静さを失いかけていた。
「いったい誰が? 誰が吊るされてる?!」ぼくは、ついつい言葉を漏らしてしまった。
「なに?なにを見てるの? ツルサレテルって何のこと?」ぼくが双眼鏡で見ているものを知りたくて、ぼくのすぐ横にぴったりと身を寄せていた高木セナが、驚いた声で問いかけてきた。
「あっ、いやっ、違うんだ‥」ぼくは誤魔化した。そして、手の震えを抑えるために双眼鏡を握り直した。
ここは落ち着いて観察しなければならない。新しく吊るされているのは、誰と誰なのかを。
巨大迷路廃墟の南側の外壁に咲いた『赤い花』は全部で五つ。つまり、腹を裂かれて内臓をはみ出させ、逆さまに吊るされた死体は五体確認できた。
しかし、その全てがどう見ても大人で、小学二年生らしき子供の死体が存在しないと分かった瞬間、誠に不謹慎ではあるがぼくは少しほっとした。
ぼくは仕切り直しをして、今度はそれら遺体の一つ一つの特徴を具(つぶさ)に観察していった。風太郎先生の双眼鏡は小型ではあるが、予想以上の性能を持っていて、こんなに離れていながらも様々な情報がぼくの目に飛び込んで来た。
まず彼らは全員、男性であった。着ている服やだらりと垂れ下がった両腕や頭部は、例外なく傷口から流れ出た大量の血で真っ赤に染まっていて、その特徴はおおよそでしか判別できないが、一番左端の男は薄手のパーカーを、四番目の男は農作業でよく見かける作業着を身に着けている。五番目の男はカッターシャツに濃い色のスラックスを履いていて、帽子は無かった(逆さまになった時、落ちたのかも知れない‥)が、どこか‥普段見慣れているタクシー運転手の服装を思い起こさせた。問題なのが二番目と三番目の男である。やはり帽子は被っていなかったが、身に着けているのは明らかに制服である。腹部が裂かれてはみ出した腸が絡みついてはいるが、切れてしまった腰のベルトに何やら棒状の物と、固そうな皮のケースが付いていた。ぼくには彼らが、『警察官』に見えたのだ。
「これは‥‥ まずいぞ‥」と、またしても言葉がこぼれ出た。
「何よ、さっきから! 少しは説明してよ!」しばらくの間相手にされず、苛々(いらいら)し始めていた高木セナが、不満の声をぶつけて来た。
「もしかしたらもう‥‥ 助けは来ていたのかも‥知れない‥‥‥」ぼくは、まるで独り言の様な口調で、彼女に答えた。
次回へ続く