暑中お見舞い申し上げます

虫捕りの 
網に孕(はら)ます 
  夏の風

もし 虫捕りに興じた夏の日の思い出があったとしたら‥‥ その記憶はきっと皆さんにとって 永遠の宝物であり続けるはずです。
子供の頃の夏休み 夏の一日とは‥‥ そういうものでした。

暑中お見舞い申し上げます。

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (163)

第四夜〇遠足 ヒトデナシのいる風景 その四十八

芝生広場の‥目的の地点まで近づいて行くのに、まるで退屈しのぎの散策でもしている振りを装い続けて歩いた‥‥‥‥
途中、誰かが芝生の上に広げたままにしてあったレジャーシートを見つけて、さり気なく拾い上げた。
そのままにして置けないあの『無残な亡骸(なきがら)』に、掛けてあげようと考えたのだ。
やがて雑木林の下にいるみんなの姿がすっかり見えなくなった頃、ぼくはそこに到着した。

すべてが視界に入った途端、世界が一変した気がした。
いくつかに分断されて散乱している風太郎先生の遺体は、改めて眺めてもやはり壮絶で、ぼくは足が竦んでしばらく動けないでいた。しかし、最初に見た時と違って、『襲われかけていた生徒を守ろうと、自らの身を投じてその盾(たて)となった風太郎先生』の、勇敢な行動への少なからぬ敬意が生まれていた。
ぼくは目を瞑り、そんな現場に黙礼(もくれい)した。そして、バラバラになっていた上半身と下半身、右腕と左手、かなり離れたところに転がっていた首を一か所に集め、用意して来たレジャーシートで静かに覆(おお)い、十分な時間をかけて『風太郎先生』に手を合わせた。

本来なら、警察が駆けつけるまで、事件が起きた現場を保存するというのは常識で、死体を動かすなど以(もっ)ての外(ほか)なのは百も承知だったが、そんなことはもはやどうでも良かった。気持ちの整理がついて幾分落ち着いたぼくは、気の向くまま辺りを隈なく歩き回り、何か気に留めるべき痕跡でも在りはしないかと自分なりに調査を開始した。
それにしても風太郎先生は、どうしてここまで酷い殺され方をして、ここにそのまま置き去りにされたのだろうか? 彼より先に殺されたはずの水崎先生、それに教頭先生は、例の巨大迷路の廃墟に運ばれ、腹を裂かれてその外壁に並べて吊るされた。獲物を仕留めて持ち帰り、トロフィー(戦利品)の様に壁に飾りつけていく‥‥それが『ヒトデナシ』の行動パターンであるように思える‥‥‥‥‥
「‥よっぽど‥‥『ヒトデナシ』を怒らせた??」

ゴリッ‥
右に左にと動かしていた足が、芝草に隠れていた何かを踏んづけた。硬いものである。
「何だ?」
ぼくはしゃがみ込んでそれを拾い上げた。一瞬ドリンクの空き缶ゴミかと思ったが、手を広げて見てみると、少し小ぶりの大きさのスプレー缶だった。「そっ そうか‥」すぐに思い当たったのは、葉子先生の話していたことだ。風太郎先生は『ヒトデナシ』の背後から飛びついて組みつき、手にしていたスプレーらしき物をヤツの顔に噴射していた‥‥と。
ぼくは、それが『ヒトデナシ』にかなりのダメージを与えていたと聞かされて、おそらく護身用の催涙スプレーだったのかも知れないと想像し、それと同時に、風太郎先生がなぜそんなものをこの遠足に持ってきていたのかと不思議に思った。しかし、スプレー缶の表示を読むとそれは単なる『虫除けスプレー』で、野外活動に携帯するのに何ら不自然ではないものだった(もっとも、風太郎先生みたいに昆虫採集をする人間が、虫除けスプレーを携帯していたのは、どこかおかしな気もするが‥‥)。
「‥肌に優しいタイプ‥て書いてある。確かに目に入れば多少なりとも染みるだろうけど‥‥、こんなものでヤツを苦しめ、もしかしてすごく怒らせたのか?‥‥‥」
ぼくは、さほど危険な成分が入っていそうもない虫除けスプレーの表示を、もう一度確かめていた。

次回へ続く