目を凝らさなければ見えないものがある (2)

「網野さん‥。これが揃(そろ)っていたら最悪の心霊写真だと断言できる三つの条件を知ってますか?」
そう切り出したのは、締め切り数日前からアシスタントに入ってもらっているMさんだった。
机の上の原稿に向かってペンを持った手を動かしながら、最近放送されていた心霊特集番組についてあれこれ語り合っていた会話の流れである。Mさんはこの手の情報に詳しかった。
「何?知らない。おもしろそう」私は思わず原稿から顔を上げて、Mさんを見た。

「まず一つ目は、写っているものがどう見ても、人(ひと)ではない事です」
「何?動物の霊とかと言う事?」
「それも含めてです。つまり、人間の理屈の通用する相手ではないと言う事です」
なるほどと私は思った。Mさんは続ける。
「二つ目は、それが逆さまの状態で写っている事です」
「‥・つまりは、相容(あいい)れない感情とか敵意みたいなものの、象徴的な表れなのかな?」
Mさんは同意する様に頷(うなず)いて、さらに続けた。
「三つ目は‥、写っているものがこちらに目を向け、こちらをしっかりと見据(みす)えている事です。そいつは明らかに、こちらの存在を認識している‥‥‥」

私は即座に、彼から聞いた三つの条件が揃(そろ)っている心霊写真を想像してみた。人(ひと)ではない何種類もの未知の存在が、頭の中を駆け巡っていた。


もし、目の前に『三つの条件の揃った心霊写真』があったとして、果たして私は、好奇心の赴(おもむ)くままそれを直視することができるのだろうか?‥‥‥‥‥‥
あの時を振り返って、なぜかそんな事を考えてしまいました。

心霊写真などと言うものは、別に見ようとして目を凝らさなくても、『とんでもないもの』がちゃんと写って見えてしまっている(その真偽や、それを信じる信じないはこの際置いておくとして‥)代物(しろもの)なのです。怖いもの見たさの好奇心に感(かま)けて際限なく、次から次へと見ていると、心底(しんそこ)寒気(さむけ)をもよおすものに出くわしてしまう事も少なからずあります。そういう時、私は決まって後悔するのです。トラウマとまではいきませんが、目にしっかり焼きついてしまい、頭から離れなくなるのです。それはまるで何かを背負(しょ)い込んだ感覚に似ています。
怖い漫画を描いているのに‥一体何を言ってるんだと思われるかも知れませんが、私には一つの信条みたいなものがあって、『これは物凄(ものすご)く嫌だ』『これは絶対やばい』と直感的に思ってしまった題材は、扱わないし描かないようにしています。迷信だ‥とか、合理性に欠けるとか、色々とご指摘はあるでしょうが、簡単に説明してしまえば、『自分自身の勘(かん)みたいなものを信じている』と言う弁解にもならない様な滑稽(こっけい)な信念があるだけなのです。

実際‥、忽(たちま)ち精神が病んでしまいそうなほど嫌な場所など誰も近づきたくはないだろうし、かかわると何もかもを暗転させてしまう存在だったりするかも知れない『とんでもないもの』にだって、一生の間(あいだ)出くわさないに越したことはない‥‥‥のでは‥ないでしょうか?


目を凝らさなければ見えないものがある (1)

例えばあなたの視界が‥‥‥、自然の草木とか様々な人工物が拵(こしら)えた「枠(わく)」や「遮蔽物(しゃへいぶつ)」に邪魔されて限定的になり、その狭かったりする枠の中や遮(さえぎ)る物と物との隙間(すきま)に焦点を合わせていると、通常だったら気づかなかったであろう「何か」が見えてしまったりした事はありませんか?


彼女は、放課後の視聴覚教室で一人、先生から頼まれた作業をしていました。
大型ディスプレイなどのAV機器を始め、アナログプレーヤーや真空管アンプまでが並ぶ大きな棚の裏手に回り、互いの機器を接続し合っているたくさんのケーブルやコードに一本一本目を這(は)わせての、あくびの出そうな確認作業でした。

「‥ん?」

「誰?」
今、棚の表側の教室内‥‥、並んだ機材と棚枠、上下左右に繋がれた接続コードが勝手に作り出した大小様々な形の隙間(すきま)のその向こう側を‥‥‥、誰かが横切って行った気がしたのです。
「先生?‥‥」彼女は表側に出て行きました。
しかし誰もいません。

彼女は薄暗い教室の中央にふらふらと歩いて行って、そうしてしばらく立っていました。
‥‥‥小さな‥女の子‥‥‥‥だったかも知れない‥‥
彼女はそう思いました。