第二夜〇仮面 その二十六
私は自分で気づかないうちに‥‥、何枚もの「仮面」を着けていたようだ‥‥‥。
そしてそれが今、外れていった。外れて、沼の底に沈んでいった。
「仮面が外れた」と言うのは‥‥‥、偽りの自分ではなくなった、あるいは本来の自分に戻った事を意味するのだろうか?
例えば、虚栄 虚飾にまみれていた心の穢(けが)れが拭い去られ、浄(きよ)められたみたいな感じで受け入れれば良いのだろうか‥‥‥‥‥‥
だったら私は‥‥‥どうして涙を流している?
無くなったかも知れないと思った顔がちゃんと残っていて、ほっとした涙ではない。なぜか‥‥‥悲しく‥なったのだ。
毎日の生活の中‥‥‥、生き難(にく)いと感じたり、上手くいかないと立ち止まってしまったなら、前を向こうとしている人間なら、そんな状況を少しでも何とかしたいと考えるだろう。お手本となる他人の生き方を真似(まね)てみたり、本音と建て前を使い分けるみたいな処世術まがいの色々を実践したりもするだろう。その場その場を何とか切り抜けようと、少しでも受けるダメージを軽くしとうと自分を偽って、押し殺して行動してみたりもする。それらが総じて「仮面を着けること」に繋がっていったのなら、それは非難されるべきものではないと私は思う。思いたい。様々な葛藤や止む負えない妥協の末に選択されてきた「血がにじんだ様な痛々しい生き方」であって、それを続けて来た私にはむしろ「仮面」は、心の血と汗と涙の結晶みたいに思えたのだ。
そんな私の大切な一部分であったとも言える「仮面」が、突然いくつも私から外れ‥‥、沼に沈んでいったのだ。
今までの生き方が、頑張って来たつもりの生き方が否定されて、「ちゃんと真面(まとも)に生きなさい」「もう一度やり直してみなさい」と言われているみたいで‥‥‥虚(むな)しく、ただ虚しく‥‥‥‥悲しかったのだ。
涙が止まっても、私は脱力して敷石の上に座り込んでいた。
友達の「みんな」を認識できなくなり、ここまで何とか生きてきた証(あかし)の様なものを失った。そして、「仮面」が象徴する私の生き方がすべてを招いたと言う事実を突きつけられた。
夜空に輝く満月は、私の計り知れない虚無感を照らし出していた。
私はここに‥‥、「切っ掛けの地」と呼ばれるこの場所に来るべきではなかったのだ。この先何を思い、何を考えて生きて行けば良いのだろうか‥‥‥‥‥‥
チャポ‥ッ‥ポ‥‥‥
焦点の定まっていなかった視界の隅、沼の水面の一部分がゆっくりと持ち上がっていく様子が映った。
見ると、すでにあった「みんなの振りをしているもの達」の左側6、7メートルのところ、まるで対を成す様に新たに五つの人の形をしたもの達が水面に立ち上がっていた。
「あ‥‥‥‥」
それは紛(まぎ)れもなく私。私の姿形(すがたかたち)。中学のセーラー服を着た私、お気に入りだったジャンパースカートを着た私、高校のブレザーを着た私、夏服の私、そして今の私と同じ格好の私。五人とも正確に、過去と現在の私をコピーしていた。
「‥仮面‥‥が落ちたせい‥か‥‥‥‥」私はすぐに理解した。五人の顔は、さっき水の中に沈んで消えていった仮面でできているのだと。
そして‥‥「五人の私」達もまた、「みんなの振りをしているもの達」と同じ様に、私に向かって手招きを始めたのだった。
次回へ続く