悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (42)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その二十七

気をつけろ。彼女は委員長だけど、本当の委員長じゃない。
彼女は君自身が拵(こしら)えた‥‥‥‥‥

俺は、島本の残した言葉を、何度も反芻(はんすう)していた。
島本は、この校舎を埋めたのは委員長だとも言った。
もたらされた情報による頭の中の混乱を収拾するには時間が掛かりそうだった。

「‥‥島本が‥言ったことを‥‥‥どう思う?」
委員長への不信感から生まれてくる不気味な予感と、彼女と対峙し続ける緊張に耐えられなくなり、俺が沈黙を破った。できるだけ平静を装い、俺は委員長に問いかけた。
「ふん‥」委員長はそう切り出して答える。「土の中に眠る死者の忠告に耳を傾けてなどいたら、きっとろくなこと無いわよ」
やはり島本は死んでいたのかとその部分では納得した俺だったが、まるで投げつけるようなその言葉に委員長の苛立ちを感じ取った。
委員長は続ける。
「彼は何を言いたかったのかしらね?‥‥私は私よ。本当の私。それ以外の何だって言うのよ?」
「‥‥そうだな‥‥‥‥‥‥」俺は相槌を打っただけだった。委員長の存在自体に疑問を感じたことがなかったからだ。ただ、気をつけろ‥と言った島本の声が、意識のどこかで木霊のように反響していた。
「この校舎を埋めたのは確かに私。それは認めるわ。もともとあなたが埋めようとしていたからだし、私はそれを途中から利用させてもらっただけ。あなたに罪を償わせるためにね‥‥」
「‥・つまり、俺をここに閉じ込めるために計画していたということか?」
委員長は頷いた。「みんなで校舎を掘り当てるように仕向け、あなたが埋めたもののように思わせ、あなたに付き添う振りをして、ここまで連れて来た。そしてあなたがすべてを思い出すのを待った‥‥‥。罪を償わせるには、自分の罪をしっかりと自覚してもらわないと意味がないものね」

彼女は君自身が拵えた‥‥‥君自身が拵えた‥‥‥君自身が拵えた‥‥‥‥
委員長の話を聞いているとき俺は、やはり島本の残したその言葉を呪文のように何度も呟いていた。委員長の言っていることに幾つかの違和感を覚えたからだ。
確かに俺は罪を犯したのかもしれないが、その罪の中心は委員長のはげをからかって泣かせたことではなく、彼女に虫のいたずらを延々と続けたことである。はたして委員長は、虫のいたずらが俺の仕業であるということをすでに知っているのだろうか?知っているとしたなら、何時(いつ)知り得たのだろうか?‥‥俺は、思い出した記憶をまだ委員長に、これっぽっちも話していない。ただ俺が知らないうちにすでに気づかれていたとも考えられるが、虫のいたずらに関しては誰にもばれていない自信が俺にはあった。なぜなら虫を仕掛ける行為は俺にとって、憧れていた女の子に対する唯一のコミュニケーション手段、小学生の俺には大人の秘め事ほどの意味があったのだ。俺は極めて慎重に、かつ陰湿に行動していた。
それなのに委員長は、かなり以前からすでにあらゆる事実を把握し、俺自身しか知りえない後の俺の心の葛藤まで見抜いているような口振りである。

君自身が拵えた‥‥‥君自身が拵えた‥‥‥
俺自身が拵えた‥‥‥‥‥‥‥‥‥

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (41)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その二十六

委員長が‥・真っすぐに俺を見ていた。
すべてを思い出したであろう俺を‥・真っすぐ見ていた。

思い出した瞬間‥‥何かが起こると思っていた。例えば映画のクライマックスからエンディングに向かうシーンのように、この校舎が突然崩れ落ち始めるとか、外へと通じる一本の光の道が現れるとかだ。しかし、何も起こらなかった。それに、校舎を埋めた理由に心当たりができても、埋めた行為自体には相変わらず記憶がない。
本当にこの校舎は、俺の記憶を封じ込め葬り去るために俺自身が作り上げた場所だったのか?‥‥‥‥‥‥

「思い出したのね‥」委員長が言った。
「ああ‥‥」
「話してくれるわね」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
俺は沈黙した。躊躇(ちゅうちょ)したのではない。話したくなかったのだ。
話したなら、当時のそして今に至るまで抱えてきた俺の委員長への思いと罪を、洗い浚(ざら)いぶちまけることになる。
言えはしない。それはまるで、歪み切った愛の告白ではないか。

「もう‥‥・ここを出よう‥‥‥‥」ため息のように俺は言った。
「何ですって?」
「ここに居ると‥‥息が詰まりそうなんだ。思い出したことは、ここを出てから話すよ」
今度は委員長が黙り込んだ。俺から視線を逸らし、俯いた。
「‥‥‥出られないわ‥」
「え?」
「私が出させやしない‥‥・」
「どっ、どういうことだ?」
「だって今からここは‥‥あなたが罪を償うための牢獄になるんだから」
委員長が顔を上げた。口元には歪んだ笑みが張り付いていた。それは、俺が初めて目にする彼女の表情だった。
「???何を言ってるんだ‥‥‥‥。君は一体‥‥‥??」

コンコン‥‥
その時教室に、ガラスを叩く音が響いた。
教室を見回す俺。教室には俺と委員長しかいないはずである。
音は廊下側とは反対の窓、地中の土でぎっしり詰まった窓の外から聞こえる。
コンコンコン‥・
土の中から人の顔が出現し、窓の外ガラスにへばり付いていた。同じく土の中からねじり出た右手がガラスを叩いている。
「しっ!島本⁉」
グラウンドで闇の中に溶けて消え失せた島本が、土に埋もれながらこちらを見ていた。
島本は無表情のまま、訴えるようにこう言った。「委員長が埋めたんだ。僕は、委員長がこの校舎を埋めるのを見てたんだ」
「何だって⁉」
「グラウンドであの時僕が指差したのは、委員長だ。彼女は君の真後ろに立ってたじゃないか。それを言いたくて‥‥・」
俺は委員長を見た。委員長はやはり口元に笑いを浮かべたまま、微動だにしていなかった。
島本は続ける。「気をつけろ。彼女は委員長だけど、本当の委員長じゃない。彼女は君自身が拵(こしら)えた‥‥‥‥」土が島本の顔を侵食するように埋めていき、終わりの方はよく聞き取れなかった。

その言葉を最後に島本は土の中に消えてしまった。

俺は委員長を見た。委員長は俺を真っすぐに見据えていた。
机二つほどの距離を置いて、俺と委員長は正面から向かい合った。
教室に‥‥長い沈黙が訪れた。

次回へ続く