第一夜〇タイムカプセルの夜 その二十六
委員長が‥・真っすぐに俺を見ていた。
すべてを思い出したであろう俺を‥・真っすぐ見ていた。
思い出した瞬間‥‥何かが起こると思っていた。例えば映画のクライマックスからエンディングに向かうシーンのように、この校舎が突然崩れ落ち始めるとか、外へと通じる一本の光の道が現れるとかだ。しかし、何も起こらなかった。それに、校舎を埋めた理由に心当たりができても、埋めた行為自体には相変わらず記憶がない。
本当にこの校舎は、俺の記憶を封じ込め葬り去るために俺自身が作り上げた場所だったのか?‥‥‥‥‥‥
「思い出したのね‥」委員長が言った。
「ああ‥‥」
「話してくれるわね」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
俺は沈黙した。躊躇(ちゅうちょ)したのではない。話したくなかったのだ。
話したなら、当時のそして今に至るまで抱えてきた俺の委員長への思いと罪を、洗い浚(ざら)いぶちまけることになる。
言えはしない。それはまるで、歪み切った愛の告白ではないか。
「もう‥‥・ここを出よう‥‥‥‥」ため息のように俺は言った。
「何ですって?」
「ここに居ると‥‥息が詰まりそうなんだ。思い出したことは、ここを出てから話すよ」
今度は委員長が黙り込んだ。俺から視線を逸らし、俯いた。
「‥‥‥出られないわ‥」
「え?」
「私が出させやしない‥‥・」
「どっ、どういうことだ?」
「だって今からここは‥‥あなたが罪を償うための牢獄になるんだから」
委員長が顔を上げた。口元には歪んだ笑みが張り付いていた。それは、俺が初めて目にする彼女の表情だった。
「???何を言ってるんだ‥‥‥‥。君は一体‥‥‥??」
コンコン‥‥
その時教室に、ガラスを叩く音が響いた。
教室を見回す俺。教室には俺と委員長しかいないはずである。
音は廊下側とは反対の窓、地中の土でぎっしり詰まった窓の外から聞こえる。
コンコンコン‥・
土の中から人の顔が出現し、窓の外ガラスにへばり付いていた。同じく土の中からねじり出た右手がガラスを叩いている。
「しっ!島本⁉」
グラウンドで闇の中に溶けて消え失せた島本が、土に埋もれながらこちらを見ていた。
島本は無表情のまま、訴えるようにこう言った。「委員長が埋めたんだ。僕は、委員長がこの校舎を埋めるのを見てたんだ」
「何だって⁉」
「グラウンドであの時僕が指差したのは、委員長だ。彼女は君の真後ろに立ってたじゃないか。それを言いたくて‥‥・」
俺は委員長を見た。委員長はやはり口元に笑いを浮かべたまま、微動だにしていなかった。
島本は続ける。「気をつけろ。彼女は委員長だけど、本当の委員長じゃない。彼女は君自身が拵(こしら)えた‥‥‥‥」土が島本の顔を侵食するように埋めていき、終わりの方はよく聞き取れなかった。
その言葉を最後に島本は土の中に消えてしまった。
俺は委員長を見た。委員長は俺を真っすぐに見据えていた。
机二つほどの距離を置いて、俺と委員長は正面から向かい合った。
教室に‥‥長い沈黙が訪れた。
次回へ続く