悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (44)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その二十九

それはまるで‥‥‥B級のゾンビ映画でも観ているような光景だった。

「彼を捕らえなさい!」
委員長の指示が、席から立ちあがった一同を波打たせた。
教室後方の出入り口へと走り出した俺に、粘土の人形四体が立ちふさがる。最後部の席に座っていた、小学六年にしては上背(うわぜい)のある連中を模した人形である。
彼らは俺が造形したであろう(記憶にはないが、おそらく無意識でいつの間にか出来上がっていた‥)代物であるせいか、右手と左手、右足と左足の長さと太さが違っていたし、座っていることを前提としたバランスの身体つきなので、立ち姿は何かちぐはぐでおかしかった。それ故、動きは酷く出鱈目で奇怪に見えたが、見た目からは想像もできないほど敏捷(びんしょう)であった。
驚愕(きょうがく)のあまり思わず足を止めでしまった俺に、粘土で出来た数本の腕が伸びてきた。
ベドッ!グイッ!ムンズ‥・
身をかわす間もなく俺の体は彼らによってしっかりとホールドされ、まったく動けなくなった。粘土の手はずっしりと重く、氷のように冷たかった。
残りの人形たちも、さらに俺を取り囲むように集まって来た。

「わっ、分かった。頼む‥放してくれ。もう逃げるような真似はしない‥‥‥」
俺は動揺していた。とんでもない事態になっているのを、やっと実感できていた。
「‥‥いいわ。放してあげなさい」委員長の声に、俺を捕らえていた人形たちの手が離れていった。
解放された俺は委員長を見た。いつの間にか彼女は教壇に立ち、教室全体を見渡していた。まるでこれから俺と粘土の人形たちに退屈な授業を始める、担任の教師のように。
罪を裁かれ、罰を受ける‥‥俺はここから出られない‥‥‥‥‥‥
この校舎に入った時から俺の運命は、すでに委員長の手中にあったのだ。

「あらあら!」委員長がおどけた口調で言った。
「そこの席に一人、立てないで座ったままの子が居るわね‥。どこか具合でも悪いのかしら?」
委員長の目線の先、確かに未だに動かないでいる人形があった。それは、委員長の人形‥・。頭の部分が大きすぎて折れ曲がり、机に突っ伏したままの状態の彼女自身の人形だった。
委員長が俺を見た。「ねえ!あなた。その子の様子を看てみてくれない?」
彼女の言葉に呼応するように、俺を取り囲んでいた人形たちが静かに退いていき、道を開けた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」何を企んでる?何があるんだ?と、そう思いつつも仕方なく俺は委員長の人形の席に近づいていった。

机に突っ伏して動かない人形を見下ろす。
委員長は一体何を望んでいる?この人形の姿勢でも直せばいいのか?‥‥・
しばらく眺めていたその時である。「‥ん?」人形の粘土の表面、髪の毛を模(かたど)った後頭部あたりが、僅かに変化した気がした。俺は顔を近づけて目を凝らす‥‥‥‥‥
‥‥プ‥‥‥プツッ‥‥‥‥‥‥
小さな‥‥穴が開いた。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (43)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その二十八

彼女は‥‥俺自身が拵(こしら)えた委員長‥‥‥‥‥。

過去の愚かな自分。良心の呵責(かしゃく)に苛(さいな)まれながらも、謝罪し償う勇気もなかった自分。できたのはただ、思い出さないよう記憶に蓋をして忘れてしまうこと‥‥‥。俺は、心の深いところでそんな自分が許せなかったのかもしれない。自分自身を厳しく裁き、罰したかったのかもしれない‥‥‥‥‥‥

いつの間にか‥‥俺自身を裁くために、俺自身が委員長を拵えていた。

それが当たっているかどうかは判らない。しかし、今置かれている自分の状況には、この解釈が一番しっくりくる。
俺は今夜の記憶を遡(さかのぼ)ってみた。同窓会?二次会?そして母校の校庭‥‥。委員長が現れたのは確かそこからだ。タイムカプセルを掘り出す段になって急に現れたんだ。彼女はいつの間にか俺の後ろに立っていた。
その時俺は委員長に久しぶりに会った。小学校の卒業式以来だ。大人になった彼女が立っているのを見た時、その姿に俺は何の意外性も感じなかった。小学六年の彼女が、俺が抱いていたイメージそのままに大きくなった感じだった。言い換えれば、まったく俺の抱いていたイメージの枠を1ミリも出ていなかったのだ。
振り返ってみると、そんなことは逆に不自然ではないか‥‥‥‥

「どお?島本くんの謎々みたいな言葉への、あなたなりの解答は出た?」委員長が黙り込んだ俺に声を賭けてきた。
「い‥・いや‥‥‥‥‥‥」
読まれている。俺は思った。俺の考えている事は全部お見通しなのだ。今までだってそうだったのだろうし‥‥おそらくこれからも‥‥‥‥。
目の前にいる委員長が俺自身の生み出したものなら、それも当然か。言わば彼女は、俺の分身のような存在なのだから。そしてきっと俺は彼女に裁かれ、罪を償うために彼女に罰せられるのだ。それが彼女の存在理由なのだから。
彼女はどこか‥‥暴走したTリンパ球のようだ‥‥‥‥‥と思った。
Tリンパ球は、体の中に入って来たウイルスや細菌などの異物を攻撃する細胞である。円形脱毛症の自己免疫反応は、このTリンパ球が異常を起こし、正常な細胞を攻撃してしまうことを言う。髪の毛が抜けるのは、Tリンパ球が頭皮の毛根を攻撃しているからである。図書室で円形脱毛症について調べた時に得た知識だ。
本来自分自身を守るための免疫システムが異常を起こし、自分自身を攻撃する。俺の身にこれから降りかかるであろう事を暗示しているようだった。

その時俺が取った行動は、ほとんど無意識だったと思う。
俺は後退りを始めていた。ほんの僅かずつ、委員長から遠ざかろうとしていた。
「フフッ‥どこへ行くつもり?」委員長が、おそらくなかば軽蔑の意味を込めて笑っていた。「ここから逃げる?‥・言ったわよね、出させはしないって」
「‥‥違う‥‥‥違うんだ‥・。そんなつもりは」そう口にしながら、俺は踵(きびす)を返していた。委員長に背中を見せて、教室後方の出入り口に向かって走り出した。

キリーツ!」
背後から、委員長の発する号令が聞こえた。
ガーガタガタタタガタガタガタタター
たくさんの椅子の足が床を擦る音が教室中で鳴り響いた。
今まで教室内の備品のひと揃えのようにただ静かに座していたクラスのみんなを模(かたど)った粘土の人形たちが、一斉(いっせい)に動き出し、一斉に立ち上がった。

次回へ続く