悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (33)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その十八

「‥‥そうかも‥知れない‥‥‥‥‥‥」
それが‥・今の俺の、正直な答えだった。

粘土遊びなど小学生の時以来したことはないが、並んだ人形たちは、いかにも俺の手によるものである「癖」みたいな特徴が見て取れた。俺が作ったと言われれば、そうなのだろうと納得してしまう。
「記憶には無い‥‥が、否定出来ないんだ‥‥‥」

委員長は、俺の返答を聞いて暫く考え込み、言った。
「‥・わかった。あなたを信じるわ。だったら、ここで一つ一つの事を検証してみましょうよ」
「‥ああ、いいさ」俺は了解した。

委員長は教室を見回し、ある一点に目を止める。
「あなたももう気づいてると思うけど、あそこにひとつだけ人形のいない空の席があるわ。誰の席だったか憶えてる?」
年月を経て分かったことだが、小学校のクラスの席順など、俺はほとんど憶えていない。高校の時のものでさえ怪しい。ただ、他の記憶と印象的に絡んでいたのなら、思い出せる可能性もあるだろうが‥‥。
俺は委員長の言う、その席を見た。
確かに窓側前から四番目の席だけ、粘土の人形が作られていない。
俺は最初、「影の薄い存在だった島本」の席かと思ったが、ヤツの人形は、廊下側前から二番目の席に少しうな垂れ気味にちゃんと座っていた。
俺は、その空席の一つ前の席と斜め前の席、隣り合ったふたつの席に座った人形たちに注目した。二体の人形はいずれも女の子で、互いの方を向いて大きな口を開けている。こいつらは、いつも一緒にいておしゃべりをしていた高橋と山本に間違いないと思った。授業中でも前とその隣でコソコソヒソヒソと、ずいぶんと煩わしかった記憶があった。その記憶から辿っていくと、つまり空席は、どう考えても俺の席ということになる。

「俺の‥席‥‥だった」今度は曖昧な答えにはしなかった。
「そう‥」委員長はゆっくりと頷いた。
「だったら、次はあれを見てくれる」そう言って委員長が指し示したのは、教壇側の黒板の右端。縦に「今日は〇月〇日〇曜日」と白いペイントで書かれた文字の下に、やはり白文字で「日直」と書かれている。本来「日直」の文字の下のスペースは、その日の日直にあたる男女一名ずつの名前がチョークで示される。
今そこには、たった一つ、俺の名前だけがしっかりと大きく書き込まれていた。「‥‥‥‥‥‥‥‥」俺は黙った。それが、答えを求められるほど大した事だとは思わなかったからだ。

委員長がいつの間にか、真っすぐに俺を見ていた。
「日直は責任者。そこに名前が書かれている者の唯一の不在‥・て、いったいどんな意味が隠されていると思う?」
その委員長の問いかけは、酷く抽象的に思えた。

「裏切り者?‥‥逃亡者?‥‥それとも、自分を欺(あざむ)くための‥‥お墓?」
その言葉は、俺には委員長の独り言のように聞こえた。

次回へ続く

悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (32)

第一夜〇タイムカプセルの夜 その十七

俺は歩き出した。
委員長も黙って後に続いた。一切の気配が消え失せた廊下の静寂は、委員長の恫喝(どうかつ)が生み出したものだった。邪魔するものは何も無かった。

廊下の突き当り、目当ての教室の前にはすぐにたどり着いた。
出入りするスライド式のトビラは、教壇側と後ろ側の二ヶ所。俺達は後ろ側の前に立ち、トビラにはめ込まれた小さめのガラス窓から中の様子を窺(うかが)った。
「‥‥‥‥‥‥」
照明は消えているが、廊下などと同じように床や壁自体が発光しているのだろう、仄(ほの)かな光が澱んでいる。
「人がいる‥‥子供たちが席に座ってるわ」委員長が小声で言った。
俺は、ガラスに顔を押し付けて凝視した。確かに、整然と席に着いている子供たちの後ろ姿が見える。
「こっこいつら‥‥・授業でもしてるのか?」

鍵は掛かっていない。音をさせないよう、ゆっくりとトビラを開けていった。
体が抜けられる幅ができると、やはり音をさせないように足を踏み入れる。
俺と委員長はまるで参観日の父兄の立ち位置で、教室全体を後ろから眺めていた。
教壇に先生の姿は無い。よって、先生の質問にこれ見よがしに手を高く上げる生徒もいなければ、萎縮して背を丸く窄(すぼ)める生徒もいない。
しばらくふたりで眺めていたが、子供たちは席に着いたまま全員微動だにしなかった。
「‥‥‥人形‥・だわ」委員長が教室に入って初めて声を出した。普通のトーンだった。
実は俺も気づいていた。子供たちだと思い込んでいたものの形が、みんな微妙に歪んでいて、どこか正しいバランスを欠いていたのだ。
一番後ろの席の「人形」の一つに近づいてよくよく見てみると、全身が灰色の粘土のようなもので覆われている。手で触れてみると、覆われているだけではなく、人形自体が全部、工作用粘土で出来上がっていることが分かった。

委員長が机に手を置き、席に座っている人形を順番に観察しながら、机の列と列の間をゆっくりと歩き出した。
「騙されたわ‥‥よくよく見るとけっこう稚拙な造形じゃあないの。こんなもの作ってたくさん並べて‥‥・一体何の意味があるのかしらね‥‥‥‥」

「これは‥山崎で‥‥‥‥‥こっちはまだチビだった頃の木村だ‥‥‥‥‥‥」
「え⁈」

子供がお遊びで作った様な、一見出鱈目な造形。しかし俺には、なぜかその一つ一つの個性がちゃんと理解できた。中には、的確に特徴を捉えていて、そっくりだと思うものもあった。
委員長が驚いた顔で、俺を見ている。
「もしかしてこの人形たちは‥‥‥‥当時のクラスのみんなを‥‥模(かたど)ったものなの?」
「‥‥‥‥‥‥‥」俺は返答が出来なかった。その通りだと言いたかったが、自分にどうしてその事が分かっているのかが、分からなかったからだ。

「‥‥・あなたが‥‥‥‥作ったのね」委員長が小さな声で言った。

次回へ続く