悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (15)

序〇糞(ふん) その十五(最終話)
ぐはううっつ!
奇声とも呼気ともつかないものが、口から迸(ほとばし)り出た。
その残響が自身の耳から消え切らないうちに、男は目を見開いていた。

「‥‥‥‥‥」
部屋の天井が見える。
無造作に閉められたカーテンの隙間から、夜明けを告げる淡い光が漏れている。
男は混乱した頭で、自分の部屋のベッドの上にいることをゆっくりと認識していった。

「夢‥‥だったのか‥‥・」
冷や汗まみれでよじれた体に、タオルケットが絡みついている。
「お‥おかしな夢を‥・見たもんだ‥‥‥‥‥」
男はどこかほっとした表情を浮かべ、静かに息を吐いた。

時間を確かめようと体を起こし、ベッドのわきのサイドテーブルに置いてあるスマホに手を伸ばす。‥‥‥・伸ばしたつもり‥‥だった。

ゴテッ‥・
しっかりと量感のある何かが、フローリングの床に落ちる音がした。

しかし、男は落ちたものを確かめようとはしなかった。
伸ばした左手の関節より先が、消え失せているのに気が付いたからだ。
狐につままれた如くぽかんとして、腕が途切れている部分を見つめる男。
肉と骨がねじ切れた感じで先が無くなっている。不思議なことに血は一滴も出ていないし、微塵(みじん)の痛みも感じなかった。

これは現実か?‥まだ夢の続きを見ているのではあるまいか??‥‥‥
男がそう疑った途端、疑いを全否定するように脳の中で「現実」がはっきりと焦点を結んだ。

「ぐがああああああああああああぁぁぁ‼」
猛烈な痛みが傷口に襲いかかった。男はベッドの上で、すでに無くなっている左腕を抱え込むようにして身悶えし、もがき苦しみ、絶叫を何度も繰り返した。

苦悶の声が響き渡る部屋‥‥床にはやはり、男の左腕が落ちている。
握りしめた形だった五指が、落下のはずみで緩んだか開き気味になり、掌から黒い塊の粒がこぼれ出ていた。
ひい、ふう、みい、よ、いつ、むう、なな、やあ‥ここのつ、とお。
その数、十。
男が持ち帰った十粒。
それは、どこかの誰かが見た‥・とっておきの悪夢の夜の数だった‥・‥。