悪夢十夜~獏印百味魘夢丸~ (6)

序〇糞(ふん) その六
黒い欠片を乗せた手をさらに前へ差し出して、少年は言った。
「何も汚いもんじゃあねえ。それにこいつは無味無臭だ‥‥」

男に糞を飲ませて後で笑いものにしようと、少年が企んでいるとは思えない。
つまらない猜疑心(さいぎしん)に勝っていたのは、他人の悪夢が覗けるかも知れないという極めて魅力的な誘惑、強い好奇心だった。男はその虜(とりこ)となっていた。

手を伸ばす男・・・。微かに震える指で、少年の手のひらから黒い欠片を摘まみ上げた。
「‥‥まさか、こんなものが‥‥‥」
「悪夢の中味までは俺にも判らねえ。開けてびっくり玉手箱ってやつだ」

こうして眺めているより、さっさと飲んでしまえば全てははっきりすることだ。
男は腹を決めた。

男の決意を見透かしたようなタイミングで、少年が声をかける。
「そこいらに横になりな。体の力をすっかり抜いて試すといい‥」
男は従った。足元の草むらに座り込み足を伸ばした。少年はその様子をどこか楽し気に見ている。
男は、いよいよ欠片を口に含み、残る上半身もゆっくりと草の上に預けていった。そして中空に視線をさまよわせる僅かの間を置いてから、ゴクリと音を立てて飲み込んだ。

「さて、お立ち会い!」
少年の、そんな囃子言葉が聞こえた。
次に耳に届いたのは、意識が遠のいていく変調の‥‥‥音にならない音‥‥だった。

次回へ続く

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