最終話「夕暮れ」 その九
タイトルは思い出せませんが、70年代後半に読んだ横尾忠則氏のエッセイの一冊に、三島由紀夫氏や美輪明宏さん(当時は丸山明宏)が登場します。
魂を揺さぶる声、歌声は今も健在の美輪明宏さんですが、この時興味を覚えてから、美輪さんがお出になる対談やトーク番組は好んで観る様になりました。
美輪さんが、交友のあった三島氏とのエピソードを語る事もしばしばで、(ちなみに
江戸川乱歩の「黒蜥蜴」を美輪さんが舞台で演じた時、その脚本を三島氏が書いた事は、ご存知の方も多いでしょう)印象に残っているものをいくつかご紹介しましょう。
三島氏が美輪さんのお店に来られた時の事だったのか・・現れた三島氏が、服に着られている風に見えた美輪さんは、彼の服を手探りしながら、「どこ?三島さんはどこにいるの?」と、からかったそうです。
コンプレックスを指摘された形となって、機嫌を悪くした三島氏は帰ってしまい、この事がきっかけとなったのか、以降三島氏は、ボディビルで体を鍛え始めたと言います。
己の心と体の脆弱さを克服するべく、美しい肉体を手に入れる事は、その後の三島氏の行動に変化をもたらすものだったかもしれません。
鍛えられた肉体は、俳優として主演した映画の中で、あるいはモデルとなった写真集で披露されました。
もう一つはオカルト的なお話で、ある集まりの席で美輪さんが、三島氏の背後に「軍服を着た男の人が見える」と指摘します。三島氏がそれは誰かと問うと、美輪さんは、「心当たりのある名前を挙げてみなさい、当たっていたら消えるから」と返します。三島氏が何人かの名前を言っていき、「・・磯部か?」と呟いた時、美輪さんが反応し「それ、その人!」と答えたそうです。
三島氏は動揺します。「磯部」とは、二・二六事件の反乱軍の首謀者の一人「磯部浅一」の事で、事件後処刑された人物です。
三島氏が学習院初等科に在学中、二・二六事件は起こりました。氏はこの事件を題材にした作品をいくつか、すでに書き上げていました。
「憂国」はそれで、私が「三島氏の進んだ道を辿ってみる時の道標」の一つではないかと考えている小説です。
次回へ続く