ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (19)

第三話「秘密基地」 その八
赤トンボの舞う秋の夕暮れ時。
もし私が大人であったなら、〇〇地区の山側の道路沿いに建つ数軒から少し奥まった場所にある庭付きの建物は△△さんのお宅で、△△家は旦那さんと奥さん、それに今年中学に上がった娘さんの三人暮らし。娘さんはピアノを習っていて、聞こえてきたピアノの音色は練習曲「エリーゼのために」の中盤の一小節で、夕げの支度が整ったと母親に声をかけられた娘さんはピアノを弾く手を止め、それに答えた・・・
というような解釈をしていたかもしれません。
しかし実際にこの時私の頭の中に浮かんでいたイメージは「ウルトラセブン」のいくつかのエピソード、いくつかの場面でした。
他の星から地球にやってきた者たちが人間になりすまし、既にこの地球上のどこかにいるかもしれない。
秘密基地を作るのは必ずしも平和を守ろうとする人間だけではなく、地球侵略をたくらむ宇宙人がその足掛かりとしていつの間にか作り上げているのもまた「秘密基地」なのです。

彼らが母星と交信するのに用いるのは例えばピアノに模した通信機で、鍵盤を叩く事で地球の情報を逐一知らせているのかもしれません。

テレビドラマをそのまま信じ込むほど幼くはありませんでしたが、小学生の私にとって世の中は不可解な出来事と大人たちが口にする迷信であふれていました。生活の中で生じた些細な疑問にもたえず心を動かし、時には好奇心や探求心に自らがもてあそばれるような感覚に陥ることも一度や二度ではなかったのです。
この時がまさにそれでした。何故そこまで気になるのか‥自分でも説明ができないのです。

私が建物の窓を確認しようと自転車を降りて回り込もうとした時、一匹のトンボが目の前をかすめ飛びました。
‥‥我に返った気がしました。
オニヤンマをやっとの思いで捕まえた時、羽の一部がちぎれていたこと。持つ手に力を入れすぎて首がもげてしまった堪らなく嫌な経験が頭の中によみがえりました。
(やめておこう‥‥‥
どうせろくなことしか待ってやしない。今までもそうだったではないか。この世界に「完全なる答え」などありはしない。追えば追うほどまた新しい謎が増えていくだけなのだ。「安心」など永遠に手に入らない。
つまらない好奇心は捨ててさっさと帰ろう。
「基地の一件」すらまだ解決していないのだ。)

私はひどい脱力感を覚え、自転車に身を預けるようにしてまたがり我が家に向かってゆっくりと漕ぎ出しました。

自分自身の記憶ですらあてにならなくなっている。しっかりと踏みしめて立つべき足元すら確認できない白い靄(もや)のかかった空間に一人放り出された気がしました。
靄の中に何か存在している事は感じていても、伸ばした手は何もとらえる事はできない。さ迷い空を切る両手。今立っている場所も実感できない足元。

私はこんな感覚を「白い闇」と呼ぶことにしました。

次回、第四話「死体」です。