ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (10)

第二話「長いトンネル」 後編
歯の治療を終えての帰路、私は連絡バスで再びトンネルを抜けようとしていました。

トンネルの壁に突然現れた「顔」を目にした衝撃はその日一日中私の頭の中を占領し続けました。
例によって「安心」を手に入れる方法はただ一つ、帰りにその場所を観察して「顔」に見えたものが何だったのかをしっかりと確かめる事でした。
・・・しかし私はそれをしません。できなかったのです。再度それを見てしまうともっと嫌な何かを背負いこんでしまいそうな気がしたからです。
バスがトンネル内に侵入すると私は目を伏せ窓の外を見ないようにしていました。
いつもより長い通過時間。いつもより長いトンネル。

バスがやっとの思いでトンネルを出ました。しかし私の「安心」はバスのバックミラーに映るトンネルの出口とともにどんどんと遠ざかっていったのでした。

テレビドラマの結末や謎解きを見逃した如くのその代償はしばらくして私を後悔させ始めます。
正体不明のまま捨て置く時間が長ければ長いほど、不安や謎の事象達は培養液の中でみるみる繁殖していく細菌のようにそのイメージを変形、増幅させていったのです。
「吊り上がった目とむき出しの歯を持った顔」と私の心の中に既にあった「闇」とが、新しい分子式を構成するように結合し、私には想像もつかない悪夢をもたらしました。
例えばそれは「防空壕」に潜んでいるかもしれない謎の人物に「顔」を提供します。
彼は洞穴の暗闇の中からひょいと顔だけを現し、吊り上がった目をさらに吊り上げ、歯をことさらむき出しにして笑うのです。
高らかに笑い声をあげるのです。

私は夢の中、その笑い声を遮る術を持たないただの小学三年生でした。

次回は「別冊付録」です。お楽しみに。

ぼくらのウルトラ冒険少年画報 (9)

第二話「長いトンネル」 中編
紀伊半島を走る鉄道・紀勢本線は、和歌山県南部(南紀地方)ではおおむね海沿いを走っていますが、私の生まれ育った町は小さな半島のように飛び出した場所にその中心があったので最寄りの駅を利用するにはバスで20分も揺られなければならないという不便さでした。
市場のある港に面した住宅街の発着場から、列車の到着時刻に合わせた連絡バスが出発します。港をゆったりと過ぎて左折し、右手に病院を眺めながらどれどれ坂を登っていくと急に山が迫って陽を遮り、やがて前方にバスの屋根が擦れるんじゃないかと思うほど狭い、古びた百メートル程の長さのトンネルが現れるのです。
当時町から出入りするには前述した小学校グラウンド南側の防空壕が並ぶ道路と、このトンネルを抜ける道路の二つだけ。駅を利用するには後者を必ず通らなければならなかったわけです。

マイカーなどまだ憧れの時代でした。その日私はこの辺りで一番の街S市にある設備の整った歯科医院に行くため母と一緒に連絡バスに乗っていました。母と並んで左側の席に腰かけた私は当然窓側。どれどれ坂に差し掛かったバスの窓外をその日味わうであろう歯の治療の苦痛と、ご褒美として買ってもらえる約束のプラモデルの事を考えながらぼんやりと眺めていました。
三方山の迫った場所で昼なお暗く陰気な道の先、やがてトンネルが現れます。
ブォーとエンジンがふかしを上げバスがトンネルに入っていきました。
照明も申しわけ程度にしか備わっていない古いトンネル内、ざらざらのコンクリートで補修はしてあるものの、あちこちから水が染み出しジメジメしていて緑の苔がまだらのように壁に張り付いています。
「フゥー・・・」トンネル内の陰鬱な景色に私は歯の治療への不安を重ねため息をつきました。
・・・と入り口から三分の一ほど入ったトンネルの壁の左、突然「顔」が現れたのです。
三日月のように吊り上がった目!
むき出しになったギザギザの歯!!

一瞬の驚愕の後、私は座席から腰を浮かせ窓に張り付き今見たものを確かめようと後方に目をやりました。
しかし暗いトンネル、そこには「闇」が広がるばかりでした。

次回へ続く